地山治水は国の基幹事業。熱海市の土石流災害を振り返る。再発防止には原因究明がまずは必須だ。また、砂防ダムの強化も課題だ。

はじめに

2021年7月3日(土)の午前10時半ごろに、静岡県熱海市伊豆山地区の逢初川(あいぞめがわ)で大規模な土石流が発生し、住宅131棟が被害を受けた。図1に示すように7月1日、2日、3日と断続的に大雨が発生し、段階的に警戒情報が発令されていたが、大惨事に繋がった。被災地域の住民約220人のうち200人は所在を確認できているが、残り20人の安否は不明だ。11日時点の死者数は10名に及ぶ。周辺地区を含めて、電気・水道・ガスなどのインフラにも影響を受けた。当日には復旧したが特に影響があったのが電気で1500戸余りで停電し、1100戸で断水し、392戸でガスが停止した。原因については調査中だが、そもそもの盛り土問題、河川争奪問題などが指摘されている。近隣にはメガソーラが運用されていて、それとの因果関係の可能性も慎重に調査されている。

図1 熱海市の時間雨量の推移

(出典:あなたの静岡新聞

土石流の規模

昨年1月の地形データとドローンで測定した地形データを比べ、最上部の土砂流出量は5.5万立方mと推定されている。400m下流の砂防ダムを乗り越えて、約10万立方mの土砂が全長2km、最大幅約120mに渡って崩落したと推定されている。
図2 熱海土石流の動き

(出典:あなたの静岡新聞

メガソーラとの関係

大規模な土石流が発生した場所の南西方向にメガソーラがある。当初、SNSではこのメガソーラ起因説がバズったが、現時点では直接の関係はないとされている。このメガソーラは、尾根部を削った場所に建設されており、地盤も安定していて、直接的に災害に関係していないようだが、その削った土砂はどのようにどこに処分したのかが気になるところだ。崩壊した谷筋上部の埋め立て工事自体は10年ほど前に完了している。一方、流域上部の尾根筋を削って平坦地にしてメガソーラを建設したのは2017年以降だという(参考)。尾根筋を削って生じた残土はこの崩落した地区に処分したのかどうか、周辺の河川の水の流れとともに、その時の盛り土の工法には問題がなかったのかなどは精緻に調査されるべきだろう。
図3 メガソーラとの関係

(出典:hamodia)

透過型砂防堰堤(えんてい)の有効性と限界

一般的には砂防ダムと呼ぶが、正式には砂防堰堤だ。特に、ダム高が10メートル以上のものを砂防堰堤という。土石流の抑制や、流出土砂量の調整などを目的としている。不透過型(図4の右)に比べると、透過型(図4の左)は、計画捕捉流木量が2〜3倍、流木捕捉量は約30〜45倍と強力だ。今回も被災地区には砂防ダムはあったが必要な規模の10分の1以下と無力だった。
図4 透過型砂防堰堤と不透過型砂防堰堤

(出典:けんせつPlaza)

代表的な砂防堰堤

本宮砂防堰堤

1935年(昭和10年)4月に着工し、1937年(昭和12年)3月に完成した。高さ22m、長さ107.4m、貯砂量は日本最大の約500万立方mだ。1850年代の安政地震に伴い常願寺川では災害が頻発し、その対策が急務と富山県は国に陳情したが、国の着工を待ちきれずに県の単独事業として予算(当時の55万円)を計上するなど突貫工事で完遂した。本宮砂防堰堤は図5に示すように立山連峰を背景に素晴らしい景観であり、1999年(平成11年)8月23日に国の有形文化財に登録された。
図5 現在の本宮砂防堰堤

(出典:国土交通省)

白岩堰堤

先の本宮砂防と同じく日本有数の暴れん坊「常願寺川」の上流にあるのが白岩堰堤だ。高さ63m、落差108mに7基の副ダムの複合体として、10年の歳月をかけて1939年(昭和14年)に完成した。完成後にも土石流で何度も壊れるたびに補修工事を続けている。1994年(平成6年)には、1700立方mの大規模な崩壊が発生し、特殊工法で対策した。しかし、非常に危険な作業となるため、立山カルデラ内では1973年(昭和48年)より無人化施工を導入し、無人化工法の先駆的な事例でもある。2009年(平成21年)6月30日には、白岩堰堤砂防施設として、我が国初の重要文化財に指定された。
図6 白岩堰堤

(出典:とやまの文化遺産

釜ヶ渕堰堤

釜ヶ渕堰堤(かまがふちえんてい)は、1942年に竣工した長野県松本市安曇の信濃川水系犀川の上流部の砂防ダムだ。堤長79m、堤高29mの積石アーチ式コンクリートで美しい砂防ダムである。飛騨山脈の長野県と岐阜県の県境にある標高2455mの活火山である焼岳(やけだけ)は今も活動する別名硫黄岳だ。1915年の焼岳噴火により、犀川上流部がせき止められ、上高地に続く大正池が誕生した。上高地の景観と犀川流域の保全を目的に大正池の河口直下に建設されたのが釜ヶ渕堰堤だ。1936年(昭和11年)に着工し、釜ヶ渕堰堤本体工事は1943年(昭和18年)に完成した。2002年(平成14年)8月に国の有形文化財に登録された。
図7 釜ヶ渕堰堤

(出典:文化遺産オンライン

まとめ

熱海の土石流のニュースはSNSが先行して全国に広まった。自衛隊の懸命の捜査活動が進められているが、真の原因をなぜを5回以上繰り返す「なぜなぜ分析」でぜひ解明したい。盛り土の問題、河川の問題、メガソーラとの関係の可能性を分析し、今後の対策につなげたい。日本の歴史は自然災害との戦いの歴史である。土石流を防ぐには砂防ダムが有効であり、その代表的な3つについて紹介した。改めて、治山治水は国の根幹的な事業だと感じる。明日は、そんな地産治水に取り組んだ「記紀から伺う太古の河川工事手法である竹蛇籠」につなげたい。

追伸:リニア新幹線の盛り土処分問題

これは、以前の記事「リニア中央新幹線は完遂できるのか」でも最後に指摘したが、リニア中央新幹線のトンネル工事に伴って発生する土砂の量は360万立方mに達する。今回の熱海の土石流が10万立方mと言われているが、その36倍もの土砂をどこに処分するのか。間違っても南アルプスの山中に積み上げたら、将来の大雨や集中豪雨で今回以上の大惨事が発生するリスクがある。その責任をJR東海はどのように考えているのだろう。

以上

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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