- はじめに
駒澤大学井上智洋准教授から日本ベーシックインカム学会(JABI)東京地区2021年度第1回研究会があるとお誘いを受けて、少し遅れて参加した。獨協大学の本田浩邦教授の講演が非常に興味深かった。また、講演を聞いているうちに思いつくことがあり、ブログにまとめておきたいと思った。
日本ベーシックインカム学会
井上准教授が副会長をされている縁もあり、JABIの研究会には何度か参加した。一言で言うと呉越同舟と感じる。つまり、ベーシックインカム(UBIと略す)というテーマの元に様々な方が参加しているが、その目的は福祉の向上であったり、貧困問題の解消だったり、日本の経済発展であったり、国民の幸福であったりする。それらについて知見のある方々の講演を聞けるのは貴重な場だ。
本田浩邦教授の講演
今回の講演は本田教授の著書「長期停滞の資本主義」の内容を2時間ほどで講演いただいた。講演中のスライドの多くは、この著書に書かれている内容だったり、図表だったりする。自分は、講演の後にAmazonのKindleで購入した。
社会の仕組みの変遷
本田教授は講演の最後に古代ギリシャのアリストテレスの言葉を引用した。財の生産には、使用を目的とする財と蓄財を目的とする財があると言う。国際NGO「オックスファム」によると世界人口の最富裕層の「1%」が世界の資産の48%を握るという。しかし、それは蓄えた財だ。最富裕層の1%が世界の消費の48%を占めているわけではない。
出典:oxfam
会社を通じたお金の流れ
日本では、就業者の約90%が雇用者である。つまり、会社に就職して、勤務して、給与を貰って生活している。本田教授は、大企業と中小企業と日雇いで格差が大きく、その格差がさらに拡大しているのが日本の課題と指摘する。その通りだと思う。雇用を前提とした場合のお金の流れはどうなるかといえば、下の図のように政府が国債を発行することによって、日本銀行から銀行を通じて、会社にお金が回り、従業員に給与として支払われる。資本主義社会では株主の存在も大きい。株主が会社に投資し、会社からは配当なり、キャピタルゲインを得る。資本主義は封建主義の後に現れた体制であり、新しい産業を創造し、発展させる上では非常に効率的な仕組みであるが、課題もある。本田教授が雇用救済の仕組みと言ったのは、多分このようなイメージだろう。
図1雇用救済
ベーシックインカムのお金の流れ
雇用救済では、会社を通じて間接的に従業員にお金が回る仕組みだ。しかし、この方法だとどうしても不公平が生じる。つまり、大企業と中小企業との格差や資本家と労働者の格差などだ。これを解消する仕組みとしては直接救済という仕組みが考えられる。つまり、政府や自治体から直接国民や市民にお金を支給する方法だ。コロナ禍において各種給付金が支給されているが、これらは直接救済と言える。下の図は政府もしくは自治体が直接国民や市民に対して給付金を支給するのではなく、運営会社を通じて支給する方法をイメージしている。自分のイメージでは、運営会社が支給するのは日本銀行券のではなく、デジタルマネーであり、その運営は特別法で規定した民間会社の方が効率的だという考えだ。なぜなら、その運営会社はデジタルマネーの消費データを全て管理することができる。いわゆるビッグデータを適切かつ効果的に活用することも狙っている。
図2 直接救済
地域通貨の現状
ここで意識して欲しいのはお金の流れだ。分かりやすくするために、ある閉じた集合体のなかでこれを実施したとする。冒頭の研究会では、質疑応答で「ベーシックインカムを沖縄で試行してはどうか」と質問された方がいた。2017年4月時点で地域通貨は約660もあったが、最近は淘汰が進んで減少しているようだ。地域通貨といえば、岐阜県飛騨高山市の電子地域通貨「さるぼぼコイン」が有名だ。自分も所有している。加盟店が1000店舗、ユーザが8000名を超えるレベルだ。2019年より市税の支払いに対応している。地域通貨が成功するのかどうかは今後の課題だが面白い試みだと思う。
給付金は税金で戻ってくるか
図2の直接救済において、仮に8000人の市民に対して、1万円を運営会社が支給したとする。そしてそれを受け取った市民はそれを消費する。消費した時に仮に10%の利用税を徴収したとする。そうするとお金が市場を循環するうちに8000万円の利用税が納付されるのではないだろうか。1万円の消費をした時に1000円の利用税が控除されると、実質的に支払いに当たるのは9000円だ。そして、9000円を使うと900円の利用税が控除され、実質的に支払いに当たるのは8100円だ。このように消費が繰り返し行われると、控除の累計額は支給額と同じになる。厳密には無限回で同じだけど、10回で累計納税額は65%に達する。つまり理想的な前提であれば、支給したお金は全て税金で戻ってくる。タイトルでベーシックインカムはサーキュレータと書いたのはこういう意味だ。
理想的な前提
政府なり、自治体が市民に支給したお金が全て税金で戻ってくるなんてことはおかしいと言う反論が当然に聞こえてくる。現実の世界では100%は戻ってこない。本田教授にこれに関する質問をしたが、あまりこのような観点で研究されたことはないようだ。100%還元するための前提条件はいくつかあるだろう。列挙すると次のようなものか。
前提1:閉じた集団の中で消費されること
例えば、政府から給付されたお金をネットで海外の通販会社の支払いに当てるとどうなるか。海外の通販会社の収益は、ほぼ戻らないと考えるべきだろう。地域通貨でも、全国規模の会社の商品の支払いに充てると地域外に流出してします。金は天下の回りものと言うが、ある集団の中でお金が循環する仕組みであることが基本的な前提条件だ。
前提2:貯蓄や投資に回さないこと
これは微妙だ。貯蓄や投資をしても、それを元手にいつか閉じた集団の中で消費されるなら税金として還流すると言える。ただ、消費を喚起するためには、給付金の利用期限を1年とか設定することが有効だが、利用期限の制限逃れとなってしまう側面がある。
前提3:納税の仕組みが整備されること
税金として還流するには納税の仕組みが整備されることが前提だ。法定通貨に対しては消費税が義務化されているが、地域通貨のようなお金に税金を課すことが許容されるのかどうかは継続検討が必要だろう。意外と難しいのかもしれない。
アクセルとブレーキ
ここでは、仮に制約条件をクリアした場合を想定する。その場合にこの給付金と税率は景気対策として有効ではないかと考える。これには多分、あまり反論する人はいないだろう。本田教授は月額3万円ぐらいからスモールスタートが好ましいと説明されていて、自分もスモールスタートに賛成だ。もしかしたら試行期間なら月額1万円でも良いかもしれない。給付金を定期的に間違いなく貰え、かつそれに有効期限があるとしたら、受給者は有効期限内に使い切ろうとするだろう。つまりその分消費は増大する。経済が回る。一方、税率を高めるとどうだろう。例えば分かりやすく乱暴にいえば、税率が10%なら10回の消費でほぼ収納できるものが、5%なら20回、20%なら5回の消費が必要であって、累計の納税額に変わりはない。税率を高くすると、実質的に使える金額が減るために影響を受けるのは消費者マインドだ。つまり、給付金を高めることで景気を促進するアクセルを踏み、税率を高めることで景気を抑制するブレーキを踏むことで景気調整ができるのではないか。
日本銀行は日本企業の最大株主
日本の企業の最大の株主は日本銀行だ。日本の景気対策という名目で年額120から150兆円もの量的緩和(=投資)をしているが、そんな投資はバブルが崩壊したら消滅する。苫米地英人はテレビ番組で興味深い提案をしていた。参考にURLを付記しておく。個人的には賛同する部分がほとんどだけど、残念ながら税金で回収するというスキームは考慮していないようだ。ベーシックインカムに対する議論が今後さらに広がり、深まることを期待したい。
まとめ
今回のJABIの研究会は興味深かった。特に本田教授の講演は非常に網羅的で整理されていて勉強になった。ぜひ、Kindleで購入した図書で復習しておきたい。ベーシックインカムは原資が常に議論となるが、税金で回収というスキームをセットすれば、お金の回転を加速することができるのではないかというのが今回の提案のポイントだ。その意味で、サーキュレータと呼びたい。ただし、これを実現する3つの前提条件が現実的かという議論も深めていく必要があるし、前提条件を満足できない時にどうするのかも検討しておく必要はある。また、個人的には、全国規模での開始を狙うのではなく、特定の地域で実験して、その結果を踏まえて、適用地域を増やすのか、もっと大規模なり、全国規模でやるのかという段階的なアプローチが現実的なような気がする。
以上
最後まで読んでいただきありがとうございました。
拝