はじめに
自然から学ぶという意味では、植物が行っている光合成という仕組みは素晴らしい。原始の地球には酸素はなく、窒素と二酸化炭素だったと考えられる。地球に生命が誕生したのは38億年前より以前とされている。未知の始原生物がいて、古細菌と真正最近のバクテリアが現れた。古細菌は光合成の機能がなく、真正細菌になってから太陽からの光エネルギーを用いて糖やでんぷんなどの有機物を生成するようになった。太古の地球では光合成を行う真正最近が大量に繁殖し、待機中の酸素濃度が少しずつ上昇した。20億年前ごろには大気の酸素濃度が上昇(下の図(右)のオーバーシュート)した。その結果、真核生物が誕生した。真核生物とは、真核細胞からなる生物だ。真核細胞とは、原形質が2重膜によって囲まれた核質とそれ以外の細胞質に区分された細胞であり、染色体が核質内に局在する。細胞質にはミトコンドリア,ゴルジ体,葉緑体などの細胞小器官がある。この真核生物が体細胞性動物への進化し、人類に繋がり、人類が酸素を大量に消費して、二酸化炭素を大量に吐きだしている。自然の光合成を人工的に実現できないかという試みが続いている
(出典:東京大学田近研究室)
光合成と人工光合成とは
光合成とは
光合成とは、植物の葉緑体の働きと太陽からのエネルギーをもとに、土から吸収した水分(H2O)と、大気中から吸収した二酸化炭素(CO2)から、ブドウ糖(C6H12O6)などの養分と酸素(O2)を作り出す作用のことである。この葉緑体はなぜ緑なのか。27億年前ごろの先カンブリア時代には、光合成をする微生物、シアノバクテリア(藍藻)が青緑色だったため、葉緑体が青緑色となっているようだ。シアノバクテリアは光エネルギーを吸収し、二酸化炭素から有機物を合成する。一方、ミトコンドリアは,酸素を用いて有機物を無機物に分解し、化学エネルギーに変換する。また、シアノバクテリア(葉緑体)もミトコンドリアも核の DNAとは別に独自のDNAを持ち、生物の細胞の中で分裂・増殖し、共生している不思議な存在だ。いずれにせよ、非常に巧みな仕組みで、葉緑体は二酸化炭素を酸素と養分に変化している。
(出典(左):環境ecoワード、出典(右):朝日新聞)
人工光合成とは
2050年にカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すという長期的目標を実現することは簡単ではない。人工光合成は、植物が行っている光合成を人工的に再現する技術のことだ。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では、「二酸化炭素の還元による再資源化をエネルギー効率20%以上で可能とする」と示している。研究レベルで技術の見通しがつく科学技術的実現時期を2036年、製品やサービスを利用できる社会的実現時期を2039年としている。
(出典:Science Portal)
人工光合成コンソーシアム
人工光合成は日本だけが着目している技術ではない。人工光合成コンソーシアムは、1994年に発足し、分子生物学、生物物理学、生化学から有機金属化学、物理化学まで、幅広い分野の専門知識を持つスウェーデンの主要グループを結集したボトムアップ型の取り組みでであった。現在では世界主要国が参加するコンソーシアムへと発展している。太陽と水から水素を製造する人工的なシステムにおける人工光合成と、生物による光生物学的な水素製造という2つのテーマに取り組んでいる。特に、前者の方法は大きな可能性を秘めている一方で、科学的なリスクが高い。
(出典:universitet)
人工光合成の手法と課題
東芝の分子触媒
東芝は、2014年12月に、下の図(左)に示すように、人工光合成を世界最高の効率で二酸化炭素から燃料原料生成に成功したと発表した。太陽光の利用効率に優れた多接合半導体と、二酸化炭素と水との化学反応を促進する金ナノ触媒を用いることで、炭素化合物への変換効率において世界最高の1.5%を達成した。ナノメートルオーダーの金ナノ触媒の作製条件を検討することで、二酸化炭素を一酸化炭素に変換する活性サイトを増加させ、さらに電解液も工夫することで効率を向上させた。今回の成果で最も重要なのは、下の図(右)に示すように、金電極の表面に吸着させた分子触媒だ。分子触媒を用いず、裸の金電極だけを用いた場合、炭素を1つ含む一酸化炭素だけが得られる。炭素を2つ含むエチレングリコールは生成しない。金電極の代わりに銅電極を用いると炭素を2個含んだ分子が得られるものの、特定の生成物を狙うことができない。分子触媒を用いることで、一酸化炭素は発生せず、エチレングリコールが得られた。
(出典(左):東芝、出典(右):資源エネルギー庁)
豊田中央研究所の人工光合成
トヨタグループの豊田中央研究所は、2021年4月21日に、世界最高効率の人工光合成に成功したと発表した。変換効率では植物を上回る。工場から排出されるCO2を回収することで、脱炭素化の実現や燃料電池の燃料生産への活用が期待される。豊田中研の人工光合成には半導体と分子触媒を使用。CO2の還元反応と水の酸化反応を行う電極を組み合わせ、太陽光を当てることで常温常圧下でギ酸(HCOOH)を合成する。豊田中研は2011年に人工光合成の原理実証に世界で初めて成功した。太陽光のエネルギーを有機物の生産に使える割合変換効率は0.04%だった。その後、2015年には1cm角のサイズで、植物を上回る4.6%の変換効率を実現していた。これは当時の世界記録だった。実用化するにはシステムのセルサイズを大きくした上で、変換効率の低下を抑制することが必要とされており、技術的に困難とされていた。新たな方式では太陽光パネルと電極などを組み合わせ、セルのサイズを36cmに拡張し、変換効率も7.2%を実現した。
(出典:IT Media)
NEDOの人工光合成
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、人工光合成の研究事業を10年ほど前から取り組んできた。太陽光エネルギーを使って水と二酸化炭素(CO2)からプラスチック原料をつくる究極のエコプラントが実用化に近づく。NEDOが主導し、三菱ケミカルや国際石油開発帝石などの技術研究組合が東京大学などと開発に取り組み、2012年度から2021年度の研究費は総額145億円だ。NEDOなどが開発する人工光合成は太陽光で水から水素を生成し、CO2を合成させて化学原料となるオレフィンを作る。CO2は火力発電所や工場の排ガスから回収する。さらにCO2からプラスチックになるオレフィンを生み出す。問題は光を吸収して発生した酸化力で汚れや細菌を分解する光触媒だった。開発当初の光触媒は、太陽光エネルギーのうち水分解に使われた変換効率が1%だった。NEDOなどは目標を10%として、光触媒の材料探索を続けてきた。水素と酸素を別々に発生させる2段階構造だと2019年に7%まで改善した。NEDOは2030年ごろに大規模な実証機を稼働させ、2040年ごろの商用化を想定している。
(出典:ニュースイッチ)
ローレンス・バークレー国立研究所の人工光合成
米国カリフォルニア州のバークレー研究所では、太陽の光から液体燃料に人工光合成用のナノサイズ光触媒を開発したと2009年3月に発表した。利用したのは酸化コバルトのナノクリスタルだ。バークレー研究所は「水分子を酸素、電子、プロトン(水素イオン)に分解する光酸化は、人工光合成システムに不可欠な2つの半反応のうちの1つであり、二酸化炭素を燃料に還元するために必要な電子を供給するものです」と説明している。本研究は、「ヘリオス太陽エネルギー研究センター(Helios SERC)」で行われたもので、太陽光からの燃料開発を目的とする。
(出典:資源エネルギー庁)
今後の展望
人工光合成の目的は、二酸化炭素と水から有用な化合物を作り出すことであり、その研究目的は高い効率と狙った物質を作ることだ。東芝は2個の炭素原子を含む有用物質を作る実験に成功した。太陽電池から得た電力を用いて、二酸化炭素と水からペットボトルの原料物質を合成した事になる。大気中の二酸化炭素の濃度は、下の図に示すように、2016年には濃度が400ppm(0.04%)を超えた。人工光合成には長い歴史がある。現在は炭素原子1個を含む二酸化炭素1分子から、同じく炭素原子1個を含む物質を合成する研究が盛んだ。一酸化炭素(CO)やギ酸(HCOOH)、メタノール(CH3OH)などが得られる。植物のすばらしさは、ブドウ糖のように炭素原子を複数含む物質を合成できることだ。2016年10月に東芝は、太陽電池を用いて二酸化炭素と水からエチレングリコール(C2H6O2)を合成する研究を発表した。エチレングリコールは、炭素原子を2つ含む物質だ。ペットボトルの2種類の原料のうちの1つであり、自動車用の不凍液としても使われる物質だ。
(出典:IT Media)
まとめ
今回は、人工太陽光発電の概況についてレビューした。この分野の研究は日進月歩で進化しているが、本格的な活用はNEDOによれば2040年ごろだ。ただし、太陽光発電のために、広大な土地を占有したり、山間部を平地にしてメガソーラを導入することは環境破壊や自然災害の要因となりうるので、最新の注意が必要だ。「ペロブスカイト太陽発電(PSC)の可能性」については以前投稿したが、建材一体型太陽光電池(BIPV)の技術を活用すれば、単価を下げながら既存の建物や建造物で発電することが可能だ。道路で発電することは安全上の問題や保守上の問題が懸念されるが、防音壁への投入であれば、弊害は少ないのではないだろうか。今後、10年、20年でどこまでエコな社会を形成できるかは我々の知恵と努力の掛かっていると言える。
以上
最後まで読んで頂きありがとうございました。
拝