はじめに
その1では温泉の起源や日本の風呂・温泉の歴史を紐解き、その2では世界の温泉の歴史を紐解いてきた。今回は、その3として温泉を再生可能な自然エネルギーとして活用することの可能性と課題について取り組んでみた。
その1:温泉の起源、日本の風呂・温泉の歴史(一昨日)
その2:世界の温泉の歴史(昨日)
その3:地熱エネルギーを活用した発電(⇨ 今回)
地熱エネルギーを活用した発電
地熱発電
中学生の頃なので、今から50年ほど前にクラスメートに地熱発電ってすごいよね!と言ったら、彼はそんなの無理でしょと意外な返事が返ってきた。学業でもクラブ活動でも切磋琢磨する関係の友人だったので、ちょっとその返事に失望した。当時はまだ地熱発電の知名度は低かった。結婚して子供ができた後に八丈島まで海水浴に行ったことがある。長男は海を気に入ったようだ。その八丈島で目にしたのが地熱発電所だった。実用化されていることが嬉しかったのを覚えている。地熱発電(geothermal power)とは、地下のエネルギーを活用する。地下深くに進むほどに地下の温度が高くなる地温勾配をベースにしたエネルギーを活用して発電する方式だ。基本的には天候に左右されず安定的に利用可能でかつ、資源を海外に依存しないためエネルギー安全保障の観点からも有利だ。また、地下からの噴出物を適切に処理することができれば地球温暖化や大気汚染への対策手法となる。これは良い事尽くめだ。
地熱
地熱とは、地球の地殻内の熱エネルギーのことだ。地球内部は高温高圧であり、個体のマントルが塑性変形し、マントルの一部が上方に対流する。コアとマントルの境界の温度は4000℃以上に達する。温泉水は旧石器時代から入浴に使われたり、古代ローマでも暖房に使われた。近年は地熱を利用した発電が実用化されている。地球上の地熱資源は、人類のエネルギー需要に比べて膨大だが、採算ベースで利用できるエリアは限られている。2021年に米国エネルギー省は、現在建設されている発電所の地熱エネルギーのコストを「1kWhあたり約0.05ドル」と推定した。2019年には、世界で13,900メガワット(MW)の地熱発電が利用可能だ(参考)。
世界のプレート
地球の核は金属質であり、マントルは岩石で構成する。マントルの流動性は100-400kmでは比較的高いが、100kmぐらいでは非常に固くなり、流動性は低下する。下の図(右)に示すように、地殻と上部マントル上端の厚さ100kmの固い部分をリソスフェアと呼び、このリソスフィアがいくつかのプレートに分かれる。下の図(左)に示すように、地震の多発地域はプレートの境界にある。例えば、ニュージーランドはオーストラリアプレートと太平洋プレートに挟まれている。日本は複雑で、ユーラシアプレートと北アメリカプレートと太平洋プレートとフィリピン海プレートの4つに挟まれている。これは大変だ。
世界のプレート(出典:地熱)
地温勾配
地下の温度は、前述の通り、地球内部に深さが増すにしたがって、温度が上昇する。このことを地温勾配という。一般的には、10kmを超える深さまでの平均地温勾配は100mあたり2.5度C〜3度Cだ。つまり、地下2〜3mの温度が15度Cとすれば,2kmの深さでは65度C〜75度Cとなる。3kmの深さだと95度C〜105度Cとなる。これは平均的なエリアだけど、地熱勾配が平均値の10倍以上となるエリアがあるが、そこは地熱発電に適した地熱地域と呼ばれる。
地熱勾配(出典:日本地熱学会)
日本の地熱発電の現状
日本の地熱発電所
日本の地熱発電所の発電設備容量は合計で約54万kW、発電電力量は2,472GWh(2019年度)となっている。日本の電力需要を賄う比率は約0.2%だ。国内で実験を始めたのが1919年、最初の地熱発電である松川発電所が運用開始したのが1966年(昭和42年)、そして、日本最大の八丁原地熱発電が完成したのが1990年だ。なお、自分が訪問した八丈島地熱発電所は残念ながら2019年3月に廃止されていた。
日本の地熱発電所(出典:日本地熱協会)
別府での実験発電
1919年(大正8年)に帝国海軍中将・男爵山内万寿治が、大分県別府で地熱用噴気孔の掘削に成功した。1925年には、これを引き継いだ東京電灯研究所長・太刀川平治が実験発電に成功したのが、日本での最初の地熱発電とされる。しかし、1.12kWの出力と微力なため山内の死後程なくして地熱発電の実用化は立ち消えとなった。実用の地熱発電所としては、1966年10月8日に松川地熱発電所(岩手県八幡平市)が営業運転を始めたのが最初となる。
松川地熱発電所
松川地熱発電所では蒸気井から噴出する蒸気でタービンを回すドライスチーム方式を採用している。通常の地熱地域では生産井から蒸気と熱水が同時に噴出するが、松川では蒸気のみが噴出するわが国では珍しい蒸気卓越型地熱地域だ。これは松川地域の地下構造に起因する。つまり、松川安山岩類と貫入岩は緻密で硬いため、地下水の浸透を遮断し、高温の地熱流体の散逸を防いでいる。さらに南西側の赤川上流域には数百度の高温の熱源と地下深部から300度近い高温の上昇流が存在するので、地下で流体が沸騰し、気化しやすい環境だ。このため地熱発電所の第一号として、1966年(昭和41年)10月8日に運用を開始し、50年以上安定稼働している。地熱発電所では、石油や石炭などの燃料が不要であること、発電の際に放出されるCO2が火力発電所の10分の1から20分の1とクリーンなことに加えて、地下から噴出する流体は、温泉、温水プール、暖房、温室栽培用グリーンハウスなどに利用することなどが特徴であり、地域の発展にも貢献している。
松川地熱発電所(出典:地熱資源情報)
八丁原発電所
我が国の地熱発電所で最大規模を誇るのが九州電力が運営する八丁原(はっちょうばる)発電所だ。昭和52年6月に1号機が稼働し、平成2年6月に2号機が完成し、1・2号機合計出力が110,000kWだ。八丁原発電所がある九重町は、東と南を阿蘇くじゅう国立公園の九重連山、西側を耶馬日田英彦山国定公園の山々に囲まれた高原と温泉の町だ。紅葉の名所の九酔渓、竜門の滝、瀬の本高原や牧の戸峠などが点在する観光地だ。
八丁原発電所(出典:地熱資源情報)
世界の地熱発電の現状
地熱発電とは地熱エネルギーを活用して発電すること。乾式蒸気発電所、フラッシュ蒸気発電所、バイナリーサイクル発電所などがある。現在、地熱発電は26カ国で利用されている。地熱暖房は70カ国で利用されている。経済的なインセンティブがあれば2100年には世界の需要の10%を目指すことも可能という(出典)。
世界の地熱発電量
地熱発電が可能な国は、その立地する地理的環境によって自ずと決まる。地熱資源量のトップは米国の3,900万kWだ。2位がインドネシアの2,700万kWだ。そして、3位は日本の2,300万kWだ。地熱発電の資源量では世界の第3位の上位国である日本だが、実際に地熱発電として活用している順位は残念ながら10位と出遅れている。1万kWを越す大型の地熱発電所を建設するまでには10年以上の時間を要する。これは、入念な地表調査、地下探査、環境アセスメントを重ね、 環境や温泉への影響を入念に確認した上で、建設し、操業へと進むためだ。
世界の地熱発電量(出典:Smart Japan)
地熱発電の7割を支える日本メーカー
日本には地熱資源量が豊富にあるのになぜ地熱発電設備容量が増加しないのだろうか。資源がないわけではない。では、技術力かというと、世界の地熱発電用タービンの7割は日本のメーカーが製造して、提供している。資源でもなく、技術力でもないとすると、何が理由なのだろうか。
地熱発電用タービンの世界シェア(出典:日本地熱協会)
フラッシュ発電
フラッシュ発電は地熱の流体中の蒸気でタービンを回す方法だ。下の図はシングルフラッシュ発電の仕組みである。主に200℃以上の高温地熱流体での発電に適している。ダブルフラッシュ方式は、セパレータで分離した熱水をフラッシャー(減圧器)に導入して低圧の蒸気をさらに取り出し、高圧蒸気と低圧蒸気の両方でタービンを回す。高温高圧の地熱流体の場合に可能なダブルフラッシュは、シングルフラッシュよりも約20%出力が増加する。国内では、八丁原発電所や森発電所で採用されている。ニュージーランドではトリプルフラッシュ式の発電所がある。地熱発電プラントの多くは、シングルフラッシュまたはダブルフ ラッシュシステムだが、熱水配管の閉塞を引き起こすスケール析出の課題を解決し、ニュージーランドのナ・アワ・プルア地熱発電所では、トリプルフラッシュシステムを採用し、最大出力147MWを実現した。これは、単機容量では世界最大規模だ(参考)。
フラッシュ発電(出典:日本地熱協会)
バイナリー発電
最近注目されているバイナリー発電は、水よりも沸点の低い代替フロンなどの媒体で熱交換して、蒸気を発生させてタービンを回す方法だ。フラッシュ発電では150度C以上の高音の熱水や蒸気が必要だけど、バイナリー発電であれば、100度C以下の温泉や温水でも利用可能だ。加熱源と低沸点媒体の2つの熱サイクルを使うことバイナリーという名称が使われている。
バイナリー発電(出典:日本地熱協会)
傾斜掘削
垂直に掘り進むことが難しい場合には、傾斜掘削の手法を使うことで解決することがある。これは、地表のロケーションから得られた計画軌跡に沿って方位と傾斜角をコントロールしながら掘削を進める方法だ。地熱開発では、急峻な山岳地形による敷地造成の制約や坑井基地の集約化が必要となる場合が多く、その場合の生産井や還元井を傾斜掘りで掘削することが可能だ。
地熱発電の課題
自然公園内での円滑な地熱開発
地熱発電に適した場所の多くは自然公園に絡んでいる。そして、国立公園や国定公園など国が指定する自然公園の中では、自然公園法に基づいて地熱発電所の建設が認められていない。近年、国立・国定公園の中でも自然環境保護の重要度が高くない地域であれば、条件付きで発電所の建設が認められるようになった。規制緩和が進めば、地熱発電の導入可能量は3倍にも広がると試算されている。
(出典:Smart Japan)
温泉施設との共存共栄
バイナリー発電方式を活用すれば温泉のエネルギーを効率的に活用して発電し、かつ温泉として還元することが可能だ。そのためには、温泉組合と地熱開発事業者の間での協議を進めてお互いのメリットを共有し、確認することが重要だ。温泉組合では、温泉の枯渇や湯量の減少、泉温の低下などの影響を懸念しているため、これに対する誠実な検証と回答が求められる。また、地熱発電によって発電した電力の有効活用や利益の分配、長期的な安定的エネルギー源となることの重要性などを粘り強く協議する必要がある。
(出典:環境省)
系統制約の問題
地熱発電は、企画から運用開始まで10年以上の期間が必要な長期的な取り組みである。また、発電可能な容量も運用開始の直前にならないと確定できないため、系統の容量との連携が難しい。ただ、地熱発電は比較的安定した発電が可能であり、季節や天候には左右されないため、送電系統の効率化には寄与する効果が高いだろう。系統の増強も並行して検討されている。特に東京エリアと東北エリアおよび中部エリアの増強計画だ。
固定価格買取制度
地熱発電は前述の通りリードタイムが長いため、資源エネルギー庁では次のように対応を検討している。
地熱等のリードタイムの長い電源の導入拡大
リードタイムの長い電源については、事業化判断のあと、発電施設等の詳細が最終的に確定し、FIT認定を得られるまでに長期間を要するため、適用される買取価格が決定していないリスクを負いながら、事業の具体化(環境アセスメントや地元調整等)を進めざるを得ないことが課題でした。このため改正FIT法では必要に応じ、事業者の予見可能性を高めるため、予め複数年度の調達価格等の設定を行うことが可能とされています。複数年度の年数の設定に当たっては、事業者が事業化の決定を行ってから、FIT上の設備認定を取得し、調達価格が決定されるまでの期間を基準としました。具体的に、地熱発電、20kW以上の風力発電については、発電規模によって環境影響評価法の対象となる案件が多い点や、地元調整・関係法令の手続き等を勘案し、複数年度の調達価格を設定する期間については3年間とすることとしました。中小水力、バイオマス発電については、事業者による事業化判断から約2年で価格の決定(FIT上の設備認定)に至りますが、地元調整や関係法令の手続きに時間が掛かるおそれがあるため、複数年度の調達価格を設定する期間は3年間と設定しました。(出典:資源エネルギー庁)
まとめ
温泉をエネルギー源として活用して発電することは、バイナリー発電を活用すれば可能だ。しかし、油温が65度C以上であれば効率的に発電するが湯温が低いと発電量が低下する問題がある。また、バイナリー発電設備の設置者は、規模に関わらず電気主任技術者の選任が義務付けられており、有資格者の雇用や教育や外部委託のコスト負担を強いられる。より、コンパクトでかつ運用の効率化が測られるような法制度の改善も必要だろう。また、地熱発電をより本格的に実施するには自然公園での建設への合意と規制緩和が必要かつ有効だ。エネルギー問題は解の見えない難問だが、法整備や規制緩和をセットに検討すれば前進するのではないだろうか。少なくとも自然破壊を伴うメガソーラの建設よりは健全と考える。
以上
最後まで読んでいただきありがとうございます。
拝
参考)前回、前々回の投稿
その1:温泉の起源、日本の風呂・温泉
・日本人は清潔好きでお風呂大好き
・温泉は生命の起源か
・日本の風呂・温泉の起源と歴史
・減る銭湯・増える温浴施設
・手水舎:身も心も清める
その2:世界の温泉とその歴史
・世界の温泉の分布
・世界の温泉の定義
・世界の温泉の歴史