温泉その2:世界の温泉は古代ローマで花咲き、ペストで衰退し、ルネッサンスで復活。

はじめに

昨日は温泉その1として日本における温泉の起源が歴史などを振り返った。今回は、温泉その2として世界の温泉の起源や歴史を振り返る。先に投稿した「犬の起源」において古代ローマ・古代ギリシャまでは犬を神聖化したのに、ユダヤ教やイスラム教になってからは犬を不浄な動物とみなしたことに言及した。温泉も同様で古代ローマ・古代ギリシャまでは温泉を市民で楽しむ文化があったが、キリスト教は温泉施設を破壊し、そこに教会を立てるなどした。しかし、ルネッサンスになるとまた温泉文化が見直されて復活した。犬と温泉に共通点があるとは思ってもいなかったけど、世界の歴史を紐解くと不思議な流れを感じる。なお 、明日は、温泉を自然エネルギーとして活用することの可能性と課題にトライしたい。

その1:温泉の起源、日本の風呂・温泉の歴史(前回
その2:世界の温泉の歴史 (⇨ 今回)
その3:地熱エネルギーを活用した発電(次回

世界の温泉の分布

温泉は世界各地で湧出している。温泉は火山活動が活発で地殻運動が続くエリアに多く分布しているが、火山が少ないアジアの内陸部にも点在する。

世界の温泉分布(出典:温泉地学研究所

世界の温泉の歴史

紀元前3,000年〜4,000年のエジプト

エジプトでは、紀元前3000〜4000年代に温泉が利用されていたという(出典)。紀元前8世紀ごろにイタリア中央部に現れたエトルリア人は源泉周辺に温泉施設を建設し、鉱泉を調査・管理する制度も持っていた。なお、エトルリア人は、世界最古の通貨と言われるエレクトロン貨を発明したリュディアから渡来した民族であるというヘロドトスの東方起源説(出典)とイタリア先住民であるというハリカルナッソスのディオニュシオスの説がある。いずれにせよ、エジプトでは畑やナツメヤシの林の中に池のような露天風呂があちこちに湧いている。クレオパトラが浸かったという冷泉もある。

エジプトの温泉(出典:タビナカ

古代ギリシャ:病気治療の温泉利用

古代ギリシャ時代にはすでに病気治療のための温泉利用が確立し、温泉の効能の神秘的な力から信仰と結びついて、巡礼と治療の場として発達した。例えば、シチリア島の北に点在するエオリア諸島のブルカーノ島は、古代ギリシャ神話の炎の神ヘーパイストスの鍛冶場があったとされる。下の写真(左)はそんなブルカーノ島の海中温泉だ。海中温泉には、温泉沼(天然ファンゴ)が湧き出るゾーンだ。この天然ファンゴは、ニキビ・吹き出物などの皮膚や関節、呼吸器の疾患などに効くと言う。

(出典:まっぷる

古代ローマ時代:ホテル&温泉の保養施設

古代ローマ時代には、ホテルと温泉を結びつけた保養施設の建設がさらに進められ、富裕層向けの豪華なリゾート的施設から庶民的なものまで幅広く造られた。温泉町には遊興施設が出現し、娯楽と享楽の場として栄えたが、下の写真(左)はローマ帝国第22代皇帝カラカラ(188年〜217年)がローマ市街の南端付近に4年という短工期で造営し、古代ローマ人が親しんだカラカラ大浴場だ。写真(右)は、西暦79年のヴェスヴィオ火山の噴火によって、一夜のうちに壊滅しその後火砕流と火山灰の堆積によって埋もれてしまったポンペイから再現した乾式サウナの様子だ。しかし、ローマ帝国の衰退とともに温泉文化は寂れていった。
古代ローマの温泉(出典:いづつやの文化記号

古代ユダヤ教と温泉

古代ユダヤ人は、入浴を社会的な義務と考えた。モーセが口伝した律法タルムードには「ユダヤ人は、公共浴場のない町には住まないこと」と規定されていて、入浴により身体を清潔に保つようにした。紀元前1055年にダビデ王がエルサレムに建設を開始した公共浴場「ミクヴァ」はソロモン王の代になって完成した。なお、ミクヴァはユダヤ教において水槽に浸る行為または水槽を意味し、下の写真に示すように各地にミクヴァの遺跡が残っている。紀元前1世紀頃には、中央アジアで蒸し風呂があり、高温に加熱した石に水をかけることで蒸気を発生させて入浴を行った。

(出典:Mikveh

中東でのハンマーム

中東では、この蒸し風呂が公衆浴場(ハンマーム)となった。ハンマームはその美しい外観と効率的に計算された内部構造から高く評価されている。現代のハンマームは、男女別々の浴場を建設するか、性別ごとに時間帯や曜日を分けて営業している。13世紀には、セルジューク朝の地方政権として分裂して誕生したルーム・セルジューク朝が建設したハンマームには、一つの浴場を男湯と女湯に分けられているものも存在していた。男性社会から隔離された女性たちにとっては女性同士で会話を楽しめる貴重な社交の場だったようだ。このようなハンマームはロシアや北欧に伝わり、サウナ風呂の原型ともなった。古代ローマ帝国全土に広まった公共浴場は、イスラームによる北アフリカの地中海沿岸地方とシリア地方の征服後もイスラーム圏で保持され、中東・イランでは現代に至るまで続いている。公共浴場は、モスク・市場と並んでイスラーム都市の基本構成要素となった。ちなみに、幕末から明治時代にかけてヨーロッパを訪問した使節団や留学生は、道中にてエジプトやイスタンブールのハンマームを利用した。横浜鎖港談判使節団に随行した岩松太郎の体験記にはハンマームのことが書き残されているという。1908年に岩崎弥之助の高輪別宅に本格的なトルコ風のハンマームを建てたが、日本には定着しなかった。

アラブの温泉ハンマーム(出典:イーコムアラビア語ネット

キリスト教は温泉施設を取り壊し、教会を建設

時代が少し遡るが、イエスキリストが清潔さに無頓着だったという訳ではない。綺麗好きで厳格なユダヤ人達が昔からの言い伝えを重んじ、例えば、水で手を洗うという行為も神の前に出るにふさわしい清さを得るための儀式的な行為を行き過ぎと考えたようだ。特に、紀元前後の時代に活躍したユダヤ教の一派であるパリサイ人は、律法を厳格に守ることを主張する排他的形式主義であり、キリスト迫害の主動的役割を果たしたため、キリストはパリサイ人の偽善的行動を非難した。さらにキリスト教の初期においてローマ的な温泉信仰を根絶するために温泉施設を取り壊し、代わりに教会などのキリスト教施設を建設した。ヨーロッパ各地には13世紀頃までは入浴習慣が普及していて教会に行くための清めとして木桶に入れた温水で行水を行った。都心には公衆浴場があり、市民は温水浴や蒸し風呂を楽しんだが、男女混浴であったため、風紀の乱れや売春に繋がり、廃れて行った。ペスト(黒死病)が流行した1348年にパリ大学の医学研究グループが、ペストの原因に関する公式見解として、「原因は大気中の有害物質にあり、それが鼻や口や、そして皮膚の毛穴から体内に侵入する」という研究結果を発表した。風呂に入ることも自殺行為とみなされた。浴場は即時閉鎖し、その後の300年間、ヨーロッパのほぼすべての住民が入浴を完全にやめてしまった。今回の新型コロ ナでも飲食店を狙い撃ちにするなど効果の怪しいことは多いが、ペストの流行とその誤った見解から 風呂文化が縮小したのは驚きだ。
(出典:東洋経済

ルネサンス:温泉が復活

ルネサンス(Renaissance)とは、フランス語で再生や復活を意味する。古代ギリシャや古代ローマの古典古代文化を復興する文化運動だ。14世紀にイタリアで始まり、やがて西欧各国に広まった。十字軍により伝えられた東方の浴場情報から温泉の医学的利用が再び始まった。また、15世紀には共同体が温泉管理に力を入れたことで温泉地は活況を取り戻した。

産業革命後:大規模ホテル、皇族の温泉地滞在

19世紀後半には温泉療養リゾート熱が再燃し、温泉町にカジノや別荘が盛んに建設されるようになった。20世紀初頭には、公認源泉は約1400、温泉リゾート地は130を数え、カジノやミネラル・ウォーターの販売は温泉地の大きな収入源となった。第二次大戦以降は、温泉療養が社会保障に組み込まれたことで、一気に大衆化した(出典)。

世界の温泉

温泉とは地中からお湯が湧き出している現象や場所、湯そのものを示すが、その定義は国によって異なっている。例えば日本では温泉法に基づいて25度以上もしくは一定の成分を含むものと定義されている。米国では21.1度(華氏70度)以上、イギリス・フランス・ドイツでは20度が基準だ。


(出典:hot spring)

西洋エリア

上の写真(左)はハンガリーのブダペストにある有名な温泉施設ゲラートホテルであり、13世紀に源泉が発見され、1918年に創業した豪華なオペラハウスのような浴場だ。紀元前500年頃にはギリシャで硫黄泉に入浴していた。ヴェスヴィオ火山近くの温泉では、蒸気を利用して病気を治療する習慣あったという。古代ローマ帝国時代にはヨーロッパ各地の温泉を開発した。現代では、イギリスのバース、ドイツのバーデンバーデン、フランスのエクスレバン、ビジーなどの温泉地が有名だ。

アジアエリア

インドではガンジス川と同様に温泉でも沐浴して心身を清める。中国では、温泉に病気治療の効果を古くから認めている。8世紀の唐の時代には、下の写真に示すように、玄宗皇帝が楊貴妃のために造営した離宮である華清池がある。この華清池の温泉から神女が湧出させたという伝聞がある。なお、貴妃は元々は玄宗皇帝の息子の妃だったが、玄宗皇帝にみそめられて皇帝の妃になった。唐の時代は豊満さが美人の条件だったが、それに加えて音楽や舞踊と多才な魅力を持った美女だったのだろう。

華清池(出典:アジア写真帳

南米エリア

南米は西からナスカプレートが東に移動しているため西側の火山が活発だ。このため、そのエリアには温泉が多い。例えばペルーは温泉大国だ。特に、クスコ周辺には名湯が多い。下の写真(左)のコカルマヨ温泉は、マチュピチュにもほど近い美肌の湯だ。泉質は癖がなく、温度は40~44℃。ナトリウム、マグネシウム、重炭酸塩などのミネラルを含み、リウマチや関節痛、肌荒れにも効果がありそうだ。下の写真(中)のラレス温泉は、富士山の8合目とほぼ同じ高地(標高約3250m)のトラピチェ川沿いにあり、敷地の数カ所から異なる泉質の温泉が湧き出ている。下の写真(右)は地元住民の憩いの場となっているマチャカンチャ温泉だ。カルカ村から約7㎞の場所にあり、標高は約3100mと高地だ。ナトリウム、マグネシウム、重炭酸塩、硫酸塩を含み、リウマチ、痛風、貧血、肝機能障害などに効用がある。

ペルーの温泉(出典:トリコガイド

オセアニアエリア

ニュージーランドは温泉大国だ。国土の様々なところから温泉が湧き出ている。下の写真(左)は、カルチャー施設が多くあるロトルアのポリネシアン・スパだ。写真(中)は、デビルズバスという不思議な色を醸し出す地熱風景を楽しめるワイキテ渓谷温泉だ。写真(右)は、ビーチ沿いで温泉が楽しめるホットウォータ・ビーチだ。

ニュージーランドの温泉(出典:Shobunsha)

まとめ

世界の風呂や温泉の歴史を辿ってみた。温泉は世界中に点在していて今もさまざまな土地で温泉が市民から愛されている。一方、これとは別に古代ローマの時代から蒸し風呂が愛用されていた。これが中東に伝わってハンマームとなり、ロシアや北欧に伝わってサウナとなった。また、キリスト教の拡大時には温泉をぶっ壊して教会に建て替えることで温泉文化が廃れた。さらには、ペストの大流行に伴い風呂に入るのは自殺行為と見做されてその後300年も入浴の習慣がなくなったというのは驚きだ。新型コロナでは飲食店を標的にされている。人間はどうしても何かを原因と考えることで納得しようという愚かな行動をする生き物なのかもしれない。

以上

最後まで読んでいただきありがとうございます。

参考)昨日の投稿と明日の投稿

その1:温泉の起源、日本の風呂・温泉
・お風呂の歴史は温泉の歴史
・温泉の起源
・日本の風呂・温泉
・神道の風習・沐浴(もくよく)/禊(みそぎ)
・平安時代:蒸し風呂様式の浴堂
・鎌倉時代:鉄湯船
・江戸時代:行水&蒸し風呂
・混浴の世界
・減る銭湯・増える温浴施設

その3:地熱エネルギーを活用した発電
・地熱発電
・バイナリー発電
・世界の地熱発電の7割を支える日本メーカー
・地中熱利用の仕組み
・地温勾配
・地下10mの温度は年中一定

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