はじめに
列車の発車時刻と到着時刻を読み違え、予定していた列車に乗り遅れてしまった。結局、トシケント20時32分発、ブハラ翌2時27分着の夜行特急に乗ることになった。初めて訪れる異国の地に深夜到着。不安しかなかった。しかし、その数時間後には、この街が大好きになっていた。
ブハラ駅に到着
綺麗な駅だったが、それを楽しむ余裕はなかった。まずはYandex GoでTAXIを呼ぶが全然来ない。白タクの青年が近づいてきて、「150,000スムで行くよ」と声を掛けてきた。Yandex Goでは配車を依頼している。Yandex Goなら約30,000スムで行ける。「高すぎる」と断る。でも先方も粘る。Yandex Goは今の時間来ないという。実際来ない。価格交渉すると100,000スムまで下がったので、ここで手を打つ。
オーナーの出迎え
写真では少し厳しい表情に見えるが、ホテルの近くまで来たけどどこから入るのかと探していたら、オーナーが自ら満面の笑顔で出迎えてくれていた。安心した。部屋に通されて、パスポートを確認してもらって、朝食の時間や水、トイレの場所などを手際よく案内してくれた。こんなにスムーズなチェックインは初めてかもしれない。
今日の予定
3時半にチェックイン、6時からWEB会議、9時に朝食、10時と14時にWEB会議、15時にはサマルカンド向け電車に乗るためにブハラ駅に向かう必要がある。自由に使える時間は4時から6時までしかない。そこで30分ほど仮眠して、スッキリしたところでブハラの街を早朝散歩してみた。本来なら半日以上かけて巡りたい場所ばかりだが、この日は早足で駆け抜けるしかなかった。
早朝散歩
ミル・アラブ・メドレセ
ミル・アラブ・メドレセ(Mir-i Arab Madrasa)は、ウズベキスタン・ブハラを代表するイスラム神学校(マドラサ)で、ポイ・カラン(Poi-Kalyan)広場を構成する最も重要な建築物の一つです。建設は、1530~1536年頃。創建者:ブハラ・ハン国のウバイドゥッラー・ハーン。名前の由来:イエメン出身のスーフィー聖者 ミル・アラブ(サイイド・アブドゥッラー・アル・ヤマーニー) にちなんで命名されたという。現在も現役のイスラム神学校として使われており、コーランやイスラム法だけでなく、語学や一般教養も学ぶ4年制の教育機関だという。
アルク城
今回は、時間の関係で割愛したけど、本当にここにも行きたかった。特に城の土台がどのように造られているのかを見たかっただけに残念だった。
ラビ・ホヴズ(Labi Hovuz/Lyabi Hauz)
ブハラ旧市街の中心にある17世紀の人工池。かつては市民の生活用水として使われ、現在は木陰のカフェやレストランに囲まれた、街一番の憩いの広場となっている。
ホジャ・ナスレッディン(Khoja Nasreddin、Nasreddin Hodja)像
ホジャ・ナスレッディンは中央アジアで広く親しまれている伝説の賢者で、日本の「一休さん」のような存在です。ロバに乗ったユーモラスな像はブハラの人気者。この像を見ていると、ウズベキスタンの人々の温かい人柄が伝わってくるようでした。
街のパン屋さん
まだ朝5時だというのに、道端ではパンを焼いていて、それを買う少女がいる。焼きたてのパンの香りが静かな旧市街に漂い、こんな風景がこの街の日常なのだろうと思った。
素晴らしい朝食
散歩から戻って、6時からのWEB会議も無事終了。9時まで少し時間があるので、仮眠していたら、朝食だよ!と声が掛かった。思わず「これはすごい」と声が出るほど豪華だった。まず目を引くのは、焼きたてのノン(ウズベキスタンの伝統的なパン)。外は香ばしく、中はもっちりとしていて、バターやジャム、サワークリーム(カイマク)を添えていただきます。野菜は、トマトとキュウリというシンプルな組み合わせ。中央アジアでは定番ですが、素材そのものの甘みが感じられ、日本人の口にもよく合います。果物はぶどう。さらに別皿には、ナツメヤシ、レーズン、ローストしたひよこ豆、ナッツや穀物を固めたお菓子などが並ぶ。飲み物はブラックティ。さっぱりとした味わいで、食事との相性も抜群だった。一つひとつの食材が新鮮で、全体的にとても優しい味わいです。野菜、果物、乳製品、穀物、ナッツ類がバランスよく並び、旅行中の朝食としては理想的だと感じました。
オーナーとの2ショット
お手伝いしている女の子は、オーナーの孫だという。年齢を尋ねると71歳だった。自分と2歳しか違わない。「今度は家族で来なさい。最低でも5泊はしてほしい。その時は特製のプロフをごちそうするよ。」そんな言葉を掛けられると、ホテルというより親戚の家に泊まっているような気持ちになる。またブハラを訪れたいと思わせてくれる、温かい出会いだった。
Yandex Goに焦る
朝食の後、また少し仮眠する。気がつくともう10時。お客様とのWEB会議をこなす。12時からは、ベンダーとの打合せだ。でも、12時開始が12時30分開始に延期になったという。これはまずい。最初の30分はWEBで参加するが、後半の30分はスマホからの参加で良いか?と確認すると良いという。それならと最初の30分はPCからWEB会議に参加し、その後の移動に向けてYandex Goで手配するが、うまくいかなかった。オーナーに相談すると、娘さん(あるいはお孫さん)が代わりにYandex Goを手配してくれた。これがそのスクショだ。ロシア語なので、何が書いてあるのかが不明だけど、大事なのはタクシーのナンバー「80C909KA」と運賃「30,000スム」のみ。なんとか乗り込むことができた。会議の後半もスマホで参加していたら、駅に到着した。まだ、会議は続いていたので、引き続き参加。会議の参加者が少なくなったタイミングで、スマホのカメラを駅に向け、ブハラ駅の様子を皆さんに紹介した。
まとめ
ブハラでは深夜に到着し、早朝散策をして、さらにWEB会議を3件こなすという分刻みの一日だった。それでも振り返ってみると、一番印象に残ったのはホテルのオーナーの温かいおもてなしだった。お礼に日本から持ってきた扇子をプレゼントしたら、お返しにブハラのTシャツをもらった。小さければ、息子さんのお土産にでもしてとのこと。シャワーは少し冷たかったけれど、人の温かさに包まれたブハラだった。私にとって、タシュケントが東京なら、サマルカンドは京都。そしてブハラは奈良のような街だった。華やかさではサマルカンドにかなわないかもしれない。しかし、人の温かさという点では、今回訪れた街の中で最も心に残った。わずか半日の滞在だったが、「次は家族でゆっくり来なさい」と言ってくれる人ができたことが、ブハラで得た一番のお土産だった。
以上