脳型情報処理機械論#13-3:クオリアを用いて意識の構造を定量的に分析できるか。

はじめに

初回は土谷教授の紹介等を行った。前回は、講義を理解するための重要と思われる6つのキーワードを解説した。今回は第13回講義の序論、本論と今後の検討課題の要点を整理しておきたい。

その1:ゲスト講師の土谷教授はオープンマインド(初回)
その2:講義を理解するためのキーワード(前回)
その3:序論・本論・今後の検討課題(⇨ 今回)

序論

歴史的考察

意識とは何か。心とは何か。気持ちや感情とは何かなどを考え出すと良くわからない。フランス人の哲学者であり合理主義哲学の祖であるルネ・デカルト(René Descartes、1596年3月から1650年2月)は二元論を展開した。イングランドの自然哲学者・数学者・物理学者であるアイザック・ニュートン(Sir Isaac Newton、1643年1月から1727年3月)は科学の対象となる自然は数学で書けると考えた。長らく、意識を定量的に分析することは難しい状況だったが、近年の脳イメージング技術の発展やセンサー機器の発展により、意識の神経相関を定量的に分析することが可能となってきた。

二元論

二元論とは、東洋思想における陽と陰、善と悪、精神と物質のような背反する2つの原理や要素の概念だ。デカルトの心身二元論では、精神的な現象は非物理的現象であり主観的なもの、身体的な現象は科学的に分析可能な客観的なものとされていた。デカルトは心を知性の座として脳と区別した。脳をブラックボックス化し、意識は心理学の外になるものとしていたが、前述のように、1990年代以降の脳イメージング技術の向上により定量的な分析が可能となり、意識の研究が加速している。

意識の数理化

意識の数理化に基づく研究は世界各国で進んでいる。これを支援するためにテンプルトン世界チャリティ基金は、2018年からの10年で2000万ドルを支給する予定だ。この基金は、米国生まれのイギリス人投資家サー・ジョン・マークス・テンプルトン(Sir John Marks Templeton、1912年11月から2008年7月)が創設した。テンプルトンは、1930年代の世界恐慌で株価が暴落した時に、株価が1ドル以下の企業104社の株を買い占め、米国の産業復興により大富豪となった。1959年時点で総資産は6,600万ドルを超えた。安値で買って、高値で売るは株の売買の基本だが、よほどの信念と胆力がないとテンプルトンのようには成功しない。

IITとGNWTの進化

前回の投稿で説明したようにIITとは統合情報理論(Integrated Information Theory)の略であり、状態遷移を数学的なマトリックを用いて分析する手法だ。GNWTとはグローバル・ニューロン・ワークスペース理論(Global Neuronal Workspace Theory)の略であり、グローバルワークスペース理論(GWT)をベースにして、さらにニューロンの要素を加えて進化させた理論だ。これ以外にも脳の活動状況を調べるfMRI(磁気共鳴機能画像法:functional magnetic resonance imagingの略)などの進化も大きい。


(出典:Gigazine

本論

クオリアの定量化(Qualia Structureの提案)

意識を科学的に分析するためのゴールドスタンダードを確立する。そのためにクオリアを定量化する新しいパラダイムとしてクオリア構造を提案する。

意識の神経相関同定を目指す

土谷教授が目指すアプローチは、意識の神経相関を探ることだ。これは、意識、入力刺激、行動出力という3つのファクターのうち一つもしくは2つを固定することで意識と神経の相関関係を分析するものだ。下の図で言えば、入力刺激sを一定にともち、脳活動rと意識の内容Cの関係性C=g(r)を理解することを目指している。

(出典:土谷教授の事前展開資料より)

米田の補題によるクオリア関連付け

悩ましいのは、入力信号sを一定に保つという実験を繰り返すことで一般的な意識経験と脳の関係性を本当に明らかにできるのかという点だ。そこで期待されるのが統合情報理論(IIT)の活用だ。また、クオリアとそれに対する認知的なアクセス(内部報告)の関係性の随伴を米田の補題を用いてクオリアの特徴づけを行うという試みだ。ただし、2つの構造は完全では同一ではないので、随伴にずれが生じるが、その随伴関係の解明には圏論(カテゴリー理論)を活用する。ただ、この内容がなかなか難解だ。

検討課題

クオリアを定量化するための数学的枠組み

2021年には土谷教授は西郷氏やフィリップ氏と共に圏論の拡充を提案している。また、シドニー大学のG. Max Kelly教授(1930年6月から2007年1月)がエンリッチド・カテゴリー理論の基本概念を提案していた。ケリー教授の論文を拝読すると、前書きで次のように書かれていた(出典)。土谷教授は米田の補題(Lemma)を活用してクオリアとアクセスを連携して関係性を網羅的に特徴づけることを狙っているようだ。

本書は、タイトル(BASIC CONCEPTS OF ENRICHED CATEGORY THEORY)にあるような限られた領域について、かなり完全に取り扱うことで、その不足を部分的に補うことを目的としている。圏論の基本概念には、ファンクタカテゴリの概念、極限とコリミット、カン元張力、密度の概念、そしてそれらの補完への応用、おそらく極限定義理論のための代数のカテゴリによって与えられる相対的補完が含まれていることは確かである。ここで「V-category」を「カテゴリー」と読み替えると、V-categoryを紹介する第1章以降の章立てのリストが基本的にこのようになります。私たちが提供するのは、最も初歩的な範疇概念のみを事前知識として想定し、第3章以降、通常の場合と豊かな場合を一緒に扱う基本的な範疇理論の自己完結した説明でもあるのです(以下略)。

クオリア構造プロジェクト

意識はかつて哲学的な議論の対象であった。クオリアが他のクオリアとの比較しかできないのであれば、米田の補題のアイデアを活用して、クオリア同士の比較を大規模に、徹底的に行うことで、クオリアを同定し、特徴づける。そのためには、クオリアの構造をまずは明らかにしつつあるが、さらに、情報構造そのものや、クオリア構造と情報構造の関係性を明らかにする必要がある。

まとめ

心や感情や気持ちに比べれば、まだ意識は論理的に定量化できそうな気はする。しかし、意識の構造をどのように定義するかは簡単ではない。クオリアという概念も抽象的ではあるが、一定のモデルを設定し、そのモデルにおける入力刺激sと脳活動rと意識の内容Cの関係性を定量的に分析することは可能だろう。ただ、それをどのように数理的に解き明かすのかは難しいところだ。なぜなら、その関係式には、個人差、年齢差、性差などがあるためだ。何をどのように意識するかは人それぞれだ。それをどのように正規化するのかがポイントだと思った。個人的には、意識よりも、ホルモンの分泌と感情の関係を知りたい。例えば、なぜ女性は感情的に行動するのかを科学的に分析したい(笑)。しかし、その答えはすでにあるのかもしれない。若い同僚と「なぜ女性はすぐに感情的になるのだろう」という話をしたら、「かまってあげないとダメなのよね」と言われた。それが真理なのかもしれない。

以上

最後まで読んで頂きありがとうございました。

(参考)
その1:ゲスト講師の土谷教授はオープンマインド(初回)
その2:講義を理解するためのキーワード(前回)

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