日本技術士会資源工学部会のCPD講演会に参加「ロシアとエネルギー問題」

はじめに

連休明けの7月19日の18時からの日本技術士会資源工学部会に参加した。虎ノ門での勤務を17時で切り上げて、機械振興会館に向かった。東大大学院での春期の講義も終了し、労働安全コンサルタントの受験に向けて注力するためブログの投稿を少しお休みしていたが、今回のCPD講演会では考えさせられることが多かったので、ブログにまとめることにした。なお、講師からのオフレコでとか、ここだけの話は割愛し、講義で気になったキーワードを中心にネットや文献で確認しながら理解した範疇でまとめることにした。なので、投稿内容に問題があればその文責は自分にある。もし、投稿内容がよければ、それは講演頂けた杉浦さんによるものだ。

講師は杉浦敏廣さん

1973年3月に大阪外国語大学ドイツ語学科卒業し、同年4月に伊藤忠商事に入社し、その後一貫して旧ソ連邦諸国のエネルギー関連ビジネスに充実され、モスクワ、サハリン、バクー(アゼルバイジャン)などに駐在されたという。特に、西シベリアのヤマル半島、オホーツク海、カスピ海における石油・ガス鉱区にて探鉱・開発・生産・輸送業に従事された。海外の現場では、エクソンやBPなどのプロフェッショナルな技術者から多くを学ばれたようだ。
(出典:週刊金曜日

ロシア連邦

最近は、ロシアと呼ぶことが多いが、正確にはロシア連邦だ。ロシア連邦共和国ではない。ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が解散を決議するのが1991年12月だ。それに先立ちエストニアが1988年11月、リトアニアが1989年5月、ラトビアが1989年7月に平和的に独立している。ただし、エストニアは建国をロシア帝国から独立した1918年とし、1991年はソビエト連邦からの再独立と呼んでいる。ロシアの領土は、西はヨーロッパ、北は北極、東は日本に隣接し、その面積は1709万平方km以上と世界最大だ。英国のウィンストン・チャーチルは第二次世界大戦勃発の約1ヵ月後の1939年10月1日にBBCの講演において、 “ロシアは謎の中の謎であり、謎に包まれている。ロシアの行動を予測することはできない。おそらく鍵はロシアの国益である”I cannot forecast to you the action of Russia. It is a riddle wrapped in a mystery inside an enigma but perhaps there is a key.That key is Russian national interest.”とロシアを評している。まさに慧眼だし、英国から見てもロシアは理解し難い国のようだ。そして、その1ヶ月後にロシアはフィンランドを侵攻し、半年後にはバルト三国を侵攻して、支配下に置いた。下の図は旧ソ連から独立した国々とロシア連邦を示している。これは個人的な考えだけど、親ロシアであるベラルーシと飛び地であるカリーニングラードに挟まれたリトアニアが戦略的に侵略される懸念はないのだろうか。リトアニアを含めてバルト三国には2015年に旅行して、それぞれが異なる言語と文化と国民性を持っていることに驚いた。特にリトアニアは明るく元気な国民性なので、簡単には侵略させないだろうし、NATOの一員なので、ロシアも迂闊には手を出せないとは思うけど、地政学的に狙われやすいことが懸念される。

(出典:Wiki

プーチン大統領

1952年10月7日にレニングラードで生まれ、レニングラード国立大学法学部国際学科を卒業する。在学中からソ連邦共産党に入党し、大学を卒業する1975年からは最重要エリート部局であるKGB第一総局に配属され、1985年から1990年には東ドイツに派遣される。1990年のサプチャーク市長、1992年にサンクト・ペテルブルグ市副市長、1996年に大統領府副長官、1998年に連邦保安庁長官、そして1999年8月16日に露連邦首相に就任する。このタイミングでは日本はもちろんロシア内でもPutin, Who?と驚きを持って迎えられた。また、1999年12月31日にエリツイン大統領が突然の辞任を表明する。露連邦の法律に基づいて、大統領の辞任に伴い大統領代行に就任し、翌2000年3月26日の第一回投票で当選してから大統領を続けている。任期は1期6年であるため、現在の4期が終了するのは、2024年5月となる。

(出典:テレビ大阪

ロシア連邦がウクライナ侵攻で失うもの

2022年2月24日にロシア軍がウクライナの侵攻を開始した時には数日で陥落すると多くの評論家が予測し、ロシアもそのように過信していたが、実際には長期戦に持ち込まれた。そして、4月27日には50年かけて整備した天然ガスのパイプラインのうちポーランド・ブルガリア向けの供給を停止した。ロシアが天然ガスを政治の道具には初めて使ったことのインパクトは大きい。これに対抗してEUはロシア産の石炭の輸入を禁止し、石油の輸入禁止を合意し、天然ガスのロシア依存度を下げた。米国は全面的にロシアからのエネルギーの輸入を禁止し、日本もこれに合わせて段階的に輸入を禁止する方針を示した。ロシアの税収の多くはエネルギー関連だ。この輸出を禁止されると国としての財政が成り立つのかどうかが疑問だ。ここで漁夫の利を得ているのはインドや中国、米国ではないだろうか。
(出典:Yahoo News)

世界の3大産油国(ロシア、サウジアラビア、米国)

米国がロシア産の輸入を全面禁止にすることができたのは、米国自身が産出国であるためだろう。ヨーロッパ諸国がロシアからのエネルギーの輸入を禁止した場合に、代替となるエネルギーを米国が供給することができれば、米国としての大きな利益を得ることができる。一方のロシアは25兆ルーブル(約61兆円)の歳入の約38%を石油・ガス税収が占めており、ヨーロッパへの輸出禁止が続けばロシアは経済的に大きな打撃を受ける。欧米の対露経済制裁はロシア経済を弱体化させ、ロシア国民の不満が高まり、プーチン・ロシアは自滅するという予測がある。

(出典:先物の極み

漁夫の利を得るのは中国か米国かインドか

ロシアによるウクライナの侵攻は世界中に大きなインパクトを与えた。ウクライナはロシアに徹底抗戦をする姿勢を示し、米国を中心に欧米はこのウクライナを武器の輸出で支援する一方、ロシアへの経済制裁を続けている。中国は、ロシアを直接的な制裁や批難は棄権しているが、裏では画策してそうだ。そんな構図の中でインドはロシアの原油を安く買って利益を得ている。ロシア産ウラル原油の価格は北海ブレントより3分の1安い油価だ。インドのシタラマン財務相は「燃料が安く手に入るのなら、なぜ買ってはいけないのか」としたたかだ。ロシア産原油の輸出量は日量570万バレル程度で本年2月にはほとんど輸入していなかったが、3月には約1割を購入に踏み切った。その一方でインドは、余剰な小麦を輸出して世界的な食糧危機の回避に貢献している側面もあり、公式には米国はインド政府を強くは批難していない。5月24日にはクアッド首脳会談が開催されたが、少なくとも表面上かつ当面は日・米・インド・豪州は対中国の脅威に対抗するためにも手を取り合っている状況にある。今回の首脳会合では、4首脳がウクライナの紛争と人道的危機に対するそれぞれの対応を議論したが、インドの対ロシアの姿勢を批難するのではなく見解の相違を確認する一方で、対中国を意識した利害の一致を確認したというところだろう。

(出典:中国問題グローバル研究所

ロシアの近未来のシナリオ

杉浦講師はいくつかのシナリオを示されていたが、個人的な意見を整理してみると、次のような4つのシナリオが想定されるのではないだろうか。どれもあり得ない一方で、ないとも断言できない。ロシアの国力が衰退する場合に、どの国と連携するのか、もしくはしないで破滅への道を歩むのか。どれも最悪だけど、中国とインドの力関係がキーとなる。
① ロシアが米国に歩み寄る。つまり親米政権が誕生する。米国はハッピーだけど、中国にとっては脅威だろう。
② ロシアが中国に歩み寄る。もしくは中国の属国的な存在になる。巨大な北朝鮮のような存在になる。これは日米にとっては脅威だ。
③ ロシアがインドとの連携を強化する。インドは対中国という基軸でロシアと軍事的には友好関係にある。
ロシアが孤立し、追い詰められてABC兵器等の大量破壊兵器に踏み切る。欧米が参戦し、第三次世界大戦になる。これは世界にとって最悪だ。

露大統領令#416

ロシアのエネルギー開発には日米欧の企業が出資している。主に原油を産出していたサハリン1では30%出資していたエクソンが撤退を表明している。年間1000万トンのLNG生産量のうち約600万トンを日本に輸出し、残り400万トンは中国や韓国に輸出しているサハリン2ではシェルが撤退を表明している。ヤマルLNGでは仏トタルが撤退を表明している。これらの企業は実質的な運用を担っているため、杉浦講師によれば彼らの技術をなしでは運用を継続することはできないという。ロシアが独力で立て直すことができるのか、それとも中国やインドの石油会社が運用を代替するのか。ロシアの国としての戦略を決めることになるのではないだろうか。日本企業がサハリン2から撤退するのかどうかが議論に上がるが、より重要なことは果たしてロシアが国営化して運用を維持できるのか。技術的な支援をどこが行うのか。米・中・印が虎視眈々と狙っているような気がするがどうなのだろう。

(出典:電氣新聞

ロシア連邦衰退の可能性

ロシアのウクライナ侵攻が収斂せず、欧米による経済制裁が継続する場合には、世界経済は不況を回避できないという見解をダラス連邦準備銀行が示している。ロシアは世界の石油生産量の約10%を占めており、原油価格は1バレル約120ドルまで急騰した。問題は急騰の後の暴落だ。景気後退が発生した場合には2022年末までに1バレル65ドル、2023年まつまでに45ドルまで下落する可能性を米シティ・リサーチは7月5日に発表した(出典)。このまま急騰が続くのか、それとも暴落するのかどちらにしてもここ数年は波乱の時期になりそうだ。
(出典:ダラスニュース

ロシアの経済力

プーチン大統領は、世界平均を上回る成長とロシアを世界の五大経済大国の一つにするという目標を掲げていた。しかし、名目GDP(2018年)ではロシアは世界の12位だ。購買力平価では6位と健闘していたが、今回のウクライナ侵攻はこの起死回生にはならず、さらにロシアの経済力を低下させてしまったのではないだろうか。中国の経済力は堅調に増加しており、ロシアが中国の属国になるというシナリオは日米印には受け入れ難いけどあり得るシナリオかもしれないと感じた。

(出典:Globe+)

天然ガスのパイプラインの現状と今後

ロシアは3大国際天然ガスパイプラインプロジェクトを推進していた。それは、下の図に示すように、中国向けの「シベリアの力」、トルコ向けの「トルコストリーム」、ドイツ向けの「ノルドストリーム2」だ。サハリン2やヤマルを含めて計画通りに進んでいれば、欧州におけるロシア産天然ガスのシェアは5割に迫る勢いだった。プーチンが強気になった背景には欧州のエネルギーを担っているという自負と自信だったのかもしれない。
(出典:エコノミスト

まとめ

エネルギー問題については、過去にも何度か投稿した。個人的には、「エネルギー問題解決の決め手は日露間のLNG北極海航路かパイプラインか」で投稿したようにサハリンから北海道を結ぶパイプラインの建設が実現すればエネルギー問題は次の局面にステップアップできるのではないかと期待していたが、日本の発電会社はパイプラインよりもLNGを選択したようだ。個人的に避けるべきと考えるのは、ロシアのガス供給を中韓に握られることだ。また、日本の沿岸においても、島根県と山口県沖の日本海の海底ガス田の調査のための試掘が進んでいる。新潟県や千葉県の陸上ガス田や新潟県の沖合にある海洋のガス田などでも天然ガスの生産を行い、年間消費量の2.2%分をまかなっている。国内生産の実現の可能性も日本の総力を上げて取り組むべきだろう。

以上

参考1:ルースキー(ロシア民族)とルシアン(ロシア国民)

ルースキーとルシアンは全く意味が異なるという説明があった。ルースキーはロシア民族を指す。一方、ルシアンはロシア国民を指す。ロシア民族の先祖は森の民である原スラブ民族だ。ロシア建国伝説(過ぎし歳月の物語)によると北からノルマン人が南下して東スラブ族を植民地化し、抵抗するスラブ人を捕虜とし、ビザンチン帝国のギリシャに売却した。これが奴隷の代名詞となった。バイキングの支配を嫌って東スラブ族はバイキングを排除すると秩序が乱れ困ったスラブ族はかつての支配者ノルマン人ルーシー族に統治を依頼し、リューリック朝ルーシが西暦862年に誕生した。さらに882年には、バルト海と黒海を結ぶ要所キエフにキエフ朝ルーシを建国した。そのような建国の地キエフを侵略するのは日本人には理解できない暴挙だ。

(出典:あさがくナビ

参考2:キリール文字とは

キリール文字(The Cyrillic alphabet)は、ユーラシア大陸の様々な言語に用いられる文字体系であり、コーカサス地方とイラン語圏では国字として使用されている。2019年現在、ユーラシア大陸では約2億5000万人がキリル文字を正式な国字として使用しており、ロシアはその約半数を占めている。2007年1月1日のブルガリアの欧州連合加盟により、キリール文字はラテン語、ギリシャ語に次ぐ欧州連合の第3の公用文字となっている。初期のキリール文字は、西暦9世紀ごろ、皇帝シメオン1世の時代に第一ブルガリア帝国のプレスラフ文芸学校で、それ以前のグラゴール文字を作った聖キュリロスと聖メトディウスの兄弟の弟子たちによって作られた。この新しい文字が、スラブ語やルーマニア語などの東ヨーロッパの様々な言語で使用されるアルファベットの基礎となった。キリール文字は、古いグラゴール文字にいくつかの合字を加えたギリシャ語のアンシャル文字から派生したものである。

(出典:ameba

参考3:北洋航路の軍事的意義

温暖化に伴って夏場には北極海航路を活用することが可能となりつつある。そして、これは軍事バランスの面から大きなインパクトを与える。つまり、ロシアの北洋艦隊と太平洋艦隊がわずか2週間の航路で接続される。これはペトロパブロフスク原子力潜水艦基地への兵站補給が容易になる。また、中国は、ヤマルLNGをスエズ運河経由で運ぶ代わりに北洋ルートで運ぶことが可能となる。2022年1月11日に河北省の民営エネルギー企業の新奥集団と浙江省政府系の国有エネルギー企業である浙能集団の2社は、北極圏の「アークティックLNG2」プロジェクトの事業会社と長期調達契約を結んだと発表している。アークティックLNG2は、では1兆4300億立法メートルの天然ガスと9000万トンのコンデンセートの埋蔵が確認されている。プロジェクトは2019年9月に着工しており、第1期の液化プラントが2023年から生産・販売を開始する予定だという。ここの生産量の80%は北極海航路を経由して中国に向かう計画だ(出典)。
(出典:くれはのサトシ

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