縄文時代の人口減少の原因は寒冷化か感染症か大噴火か。逞しく生き残るのが日本人のDNAだ。

はじめに

少子化の影響から日本の人口は減少傾向にある。しかし、日本の人口が減少するのは実は初めてではない。太古の時代から振り返ると、縄文時代後期には26万人から7.6万人にまで激減した時期がある。一体何があったのだろう。要因としては、寒冷化による食料不足、感染症などの疫病、そして火山や地震などの天災だ。特に、紀元前4300年ごろの鬼界カルデラの大噴火は1万年に一度の規模であり、その影響は甚大だったはずだ。まだ、シュメール人との結びつきは出てこないが、遺伝子研究などで新たな知見も期待できそうだ。

日本の人口の増減

鬼頭宏の著書に「人口から読む日本の歴史」では、日本列島に人間が住み着いたのは60万年以上前の時代だという。国立遺伝学研究所の斎藤成也教授によると日本列島に最初の人が渡来したのは約4万年前(出典)だとあるが、まあ誤差の範囲か。そのあとは徐々に増加し、縄文早期の2万人から縄文中期の最盛期には26万人にまで増加する。しかし、そのあと縄文後期には16万人、縄文晩期には7.6万人にまで減少した。人口減少の理由はなんだろう?

(出典:人口から読む日本の歴史

人口減少の理由の3つの可能性

仮説1:寒冷化

地球は太古の時代から温暖化と寒冷化を約10万年周期で繰り返していることは以前も投稿した。4500年前から気候が再び寒冷化し始め、2500年前の年平均気温は現在より1度以上低く、それ以前の温暖期よりも3度も低下したようだ。寒冷化が進むと農作物や食料となる獲物が減少し、苦しい時代を耐え抜くことになるが、それだけが理由とは思えない。

仮説2:疫病

現在は、オミクロン株による感染者(陽性者)が急増している。1月20日時点の重症者は20名から1名減少して、19名と少ないのが幸いだけど、高齢者や持病を持っている人々にとっては驚異だろう。人類の歴史は感染症との戦いの歴史だった。古代メソポタミアの時代に書かれた「ギルガメシュ叙事詩」においては大洪水が有名だが、それ以外にも猛獣による災厄、飢餓による災厄、疫病による災厄を指摘している。古代ローマ帝国と漢帝国は2世紀以降に人口が激減した。感染症のペストが原因と言われている。ローマ人はお風呂が大好きだったのに、ペストはお風呂で感染するというデマが広がり、ヨーロッパではシャワー文化になったことは以前も投稿した。縄文時代後半には大陸からの人が渡ってきて、当時の縄文人には免疫のない病気を持ち込んだ可能性は否定できない。

仮説3:鬼界カルデラの大噴火

鬼界カルデラの大噴火については、これまでも何度か投稿しているが、約7,300年前、つまり紀元前5300年ごろに発生した巨大噴火だ。トンガでも海底火山であるフンガトンガ・フンガハーパイ火山が噴火した。同火山においては千年に一度の大噴火で、火山灰や溶岩、土石流などに加えて津波の被害も発生している。鬼界カルデラの大噴火による火砕流は100kmも離れた九州南部の海岸まで達し、北海道まで降灰した。約150 km³のテフラを生成し、火山爆発指数7を与え、過去1万年でも最も爆発的な噴火の一つとなった。トンガの噴火と同様に海底噴火だとすると、海からは津波、空からは火山灰が降り注ぎ、西日本は壊滅的な被害を受けたはずだ。

(出典:鬼界カルデラ

突如現れるシュメール人

シュメール人はチグリス・ユーフラテス川の下流域に突如住み着いた。土着の民族ではない。東方から来たと言われるが、その出自は定かではない。世界に記録されている最古の文字が紀元前4,000年後半のシュメール語だ。シュメール文学電子テキストコーパス(ETCSL)は、オックスフォード大学のETCSL(Electronic Text Corpus of Sumerian Literature)プロジェクトにより、古代メソポタミアの紀元前3千年後半から2千年前半の文献に記録されている約400編の文学作品から構成されている。このコーパスにアクセスすることで、シュメール語の音訳や翻訳を閲覧することができる。素晴らしい。日本語とシュメール語の共通点を指摘する声もある。

大胆な仮説

一般に文化を有する民族が日本に北や西や南から流入してきたという。それは間違ってはいないだろう。しかし、鬼界カルデラの大噴火において縄文人は生き残りをかけて全力で逃げただろう。海洋民族だった人たちは海に逃げただろう。生き延びた人は西や南西に逃げた人たちだろう。もしかするとシュメール人とは鬼界カルデラから逃げた縄文人なのではないのだろうか。これと関連して不思議なのが次に示す縄目文土器との関係だ。縄文人が持ち込んだのあればわかりやすいけど、それ以外にどのような理由が考えられるのだろう。また、大野晋がスリランカやシンガポールで使われているタミル語と日本語との類似性を指摘しているが、これも興味深い。

縄目文土器

これも何度か投稿しているが、縄文土器(Jōmon pottery)と良く似た縄目文土器(Corded Ware)がヨーロッパで発掘されている。縄目文土器を使っていた民族の遺伝子多様性についての、次のブログに詳しく掲載されていた。縄目文土器に注目している人がいること、ヨーロッパでも研究が進んでいることが分かっただけでも大きな進歩だ。早計に短絡的な結論に結びつけることは慎重に進めるべきだけど、西の不思議と東の不思議が同時期に起きているとすれば、そこには何らかの因果関係がある可能性はあるだろう。

ポーランド南東部の縄目文土器文化集団の遺伝的多様性に関する研究(Linderholm et al., 2020)が公表されました。ヨーロッパ大陸の新石器時代には重要な人口統計学的変化と人口事象があり、近年では多くの考古遺伝学的研究により示されてきました(関連記事)。人類集団間の遺伝的系統・類似性・混合過程は、異なる生活様式・埋葬習慣・物質文化表現を有する文化複合と関連する、異なる期間と地理的背景の個体群の分析により調べられています。

ヨーロッパ南部における紀元前3100~紀元前3000年頃のヤムナヤ複合の出現は、さらに北方の縄目文土器複合(Corded Ware Complex)の出現(紀元前2900~紀元前2800年頃)とほぼ一致しています。より早期の考古遺伝学的分析では、縄目文土器複合(CWC)個体群は草原地帯系統を示す、と明らかにされてきました(関連記事)。しかし、ヨーロッパ中央部で分析された同時代の個体群では、草原地帯系統がさまざまな程度で見られます。この草原地帯系統は、球状アンフォラ(Globular Amphora)文化と関連する個体群では見られませんでした(関連記事)。ヨーロッパ大陸の人口統計学的先史時代に関する知識は過去5年で大きく増加しましたが、これらの人口事象の地域的な解像度は不充分で、その関係は激しく議論されて批評されています。

先史時代のメルティングポット

先の縄目文土器の関連のレポートを調べてみた。英語なので難解だけどまとめを見ると、次のように書かれている。CWCとは、Corded Ware Complexの略だ。つまり、縄目文土器を使っていた中央ヨーロッパの民族だ。ヤムナヤとは、ヤムナ文化のことで、紀元前3600年ごろから紀元前2200年ごろにかけてドナウ川とウラル山脈の間の広大な地域にわたって存在した。BBCとは、鐘状ビーカー文化(Bell-beaker culture)の略で、紀元前2600年ごろから紀元前1900年ごろまでヨーロッパで広がった。その起源や担い手は今もまだ解明されていない。

ヤムナヤ・イベントの影響が初期のゲノム研究で推定されたよりも小さいことを示唆する最近の考古学的レビューと一致している。CWCの祖先は、新石器時代初期の一般的なmtDNA系統にも、ヤムナヤ牧畜民に同化・置換された系統にもリンクしていることがわかる。さらに時代を進めると、BBCの遺伝子プールには南東部CWCの遺伝的回想が検出される。この地域は、紀元前3千年紀には重要な社会地域であり、異なる起源を持つ人間集団の真の先史時代のメルティングポットであり、ヨーロッパの他の地域よりも約200年早く、典型的なBBCのゲノムが出現した可能性がある。

(出典:Scientific Report

まとめ

本当は、シュメール神話集成(杉勇元東大名誉教授、尾崎享元静岡県立大学教授訳)の読書感想文でも書こうと思ったけど、なんだか調べているうちに、縄目文土器に行き着いてしまい、いつものストーリーに戻ってしまった。なお、アジアという言葉はアッシリア語で日の出を意味する「アスー」に起源だと初めて知った。オリエントとか、ジパングとか、アジアとか、それぞれに語源があるのは面白いと思う。

以上

最後まで読んで頂きありがとうございました。

参考)数字と宗教(詳細は割愛するけど、集計によってこだわる数字が違っている)

仏教の三種仏身:法身(ほうしん)、応身(おうじん)、報身(ほうじん)
法身は永遠不滅の法(ダルマ)
応身は釈迦如来
報身は法身と応身の中間的な存在。例えば阿弥陀如来。

神道の四魂四身
四魂:和魂(にぎみたま)、荒魂(あらみたま)、幸魂(さきみたま)、奇魂(くしみたま)
四身:真澄身(ますみ)、霞身(かすみ)、水身、現身

ヒンドゥ教:五輪、五大、五蔵説
五蔵説:食物所成蔵、正気所成蔵、意識所成蔵、知識所成蔵、歓喜所成蔵

 

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