課題は残業時間の削減ではなく、やる気のアップだ。特に、自律性や技能多様性、タスク完結性などの職務特性を高めることがポイントだ。

はじめに

勝ち組と負け組の格差は是正されるのか、それとも拡大するのか。やる気と勤務時間は比例すると昨日の投稿にも記載した。やる気があるほど仕事の満足度が高く所得も高い。また、正規社員比率が高いほど自己啓発している。自己啓発する人ほど生計の自立度が高い。好循環の勝ち組に入るにはどうすれば良いのか、負のスパイラルに陥った負け組から脱出するにはどうすれば良いのか。コロナ禍では残業をしても残業を申請しないケースもあるようだ。まだまだ課題は多い。

(出典:ITmedia)

勤務の現状

年間残業時間の減少

勤務時間が長いのでもっと短くしようということで時短活動が盛んだ。朝の時間外はよくても、夜は一定の時間で帰宅を促される企業も多い。コロナ禍対策で20時以降の残業規制が出ている会社もあるのではないだろうか。下の図は、厚生労働省の毎月勤労統計調査の資料をもとに集計されたものだという。年間勤務時間は減少しているので問題ないように見えるが、実際には非正規社員の増加によるもので、正規社員の労働時間は横ばいだという。社員クチコミサイトOpenWorkの集計によると、2014年当時は平均月45時間程度だったが、残業時間の削減に各社が取り組み、2019年には25.6時間まで低下した。2019年4月に働き方改革関連法が施行される前から残業時間の削減に取り組んでいたためか、施行後に逆に残業が微増している。

(出典:KOKUYO

正規社員比率と自己啓発

正規社員の比率と教育訓練・自己啓発をしたとする回答比率には相関関係があるという。自己啓発比率が高いのは教育・学習支援業、金融・保険業、電気・ガス・熱供給・水道業だ。逆に、自己啓発比率が低いのは飲食・宿泊業だ。ただし、この相関関係から外れているのは、点線で結ばれた建設業、運輸業、製造業だ。これらの業界は正社員比率が高い割に自己啓発の比率が低い点に注意が必要だ。逆に、教育学習支援業と医療・福祉業は正規社員比率に比べて自己啓発の比率が高い。自分が所属する情報通信業ではこの相関関係に沿った位置だが、感覚的には医療・福祉業あたりの感じがする。

(出典:パーソナル総合研究所

自己啓発と生計の自立

下の図は、横軸が自己啓発の高さ(学習・訓練)、縦軸は生計の自立だ。この2つは正の相関関係がある。というか、自己啓発が高く生計の自立度も高いゾーン(青色のサークル)と、自己啓発が低く生計の自立度も低いゾーン(黄色のサークル)に二分されているのがわかる。前者は医師、公認会計士・税理士、金融関連専門職、経営企画職だ。一方の後者は、清掃・配達・倉庫作業、ファッション・インテリア関連、飲食物調理職、ウエイター・ウエイトレス職、農林漁業関連職、商品販売職などだ。

(出典:全国就業実態調査パネル2016

15歳以下の子供たちのマインド調査

OECDの調査によれば日本の子供達は数学や科学は先進国でもトップレベルだ。スマホの利用も進んでいる。しかし、UNICEFの調査(2007年)によると「寂しいと感じる子供」の比率は29.8%とダントツのトップだ。また、「単純労働に就業したい」の比率も50.3%とダントツのトップだ。もしかすると日本語訳の問題もあったのかもしれない。しかし、日本の子供達は一体いつからこんなに寂しく、向上心のない子供達になったのだろう。


(出典:UNICEF調査2007

やる気の評価尺度

動因と誘因

モチベーションには、人の内部から生じる動因(ドライブ)と、外部から生じる誘因(インセンティブ)があるという。そして、この動因はマズローの要求階層説に代表される。下の図は、マズローの5段階の要求階層説を図示したものだ。マズローは下位の要求が最初にあり、その後に上位の要求が生じると説く。自己啓発の高さと生計の自立度の高さに相関があるというのは、マズローの理論によれば生計が立つから自己啓発をして自己実現したくなる。負のスパイラルから脱するには、マズローの理論を超えて、生計が厳しくても自己啓発をするしかないのかもしれない。

(出典:オフィスジャストアイ

期待理論(Expectancy Theory)

1964年にYaleビジネススクールのVictor Harold Vroom教授が提唱したモチベーション理論だ。つまり、期待理論とは、魅力ある成果(Reward)の設定、成果を実現するのに必要充分な目標値(Goal)の設定、そして、目標値を実現するのに必要充分な戦略展開(Efforts)の設定が必要だと説いている。つまり、まず志があり、それを実現するための目標があり、それを実践するための戦略を作るという東洋思想に近いものを感じる。

(出典:Invenio

モチベーション理論

下の表は、モチベーション理論に関して整理したものだ。中小企業診断士を志す人のためのサブノートがスライドシェアで開示されていた。よく整理されているが、ここでは詳しい説明は割愛する。

(出典:スライドシェア

やる気と満足度

下の図はリクルートワークス研究所の久米功一さんがウェブに掲載したものだ。やる気と仕事の満足度の相関関係を調べたところ相関係数が0.71と高い数値を示した。ここでやる気の指標にしたものはMPSであり、その構成要素は5つの職能特性と呼ばれるものだ。

(出典:リクルートワークス研究所

5つの職務特性とMPS(motivation Potential Score)

やる気を定量化する5つの職務特性の理論は、個人的には大好きだ。その出典を色々と調べると、心理学者J・リチャード・ハックマン(J. Richard Hackman)と経営学者グレッグ・R・オルダム(Greg R. Oldham)がモチベーションを考察する上で、仕事の特性に着目し「職務特性モデル」(Job-Characteristics-Model)として理論化したものだ。オールドハムとハックマンは、理論の構築物を評価するため求人診断調査(Job Diagnostic Survey:JDS)と雇用評価書(Job Rating Form:JRF)を作成することで、5つの主要な職務特性を測定した。やる気に影響を及ぼす要素として①求められるスキルの多様さ(多様性)、②部分ではなく全体を把握できるかどうか(完結性)、③他者に影響を与えるかどうか(重大性)、④仕事の進め方への関与(自律性)、⑤自身の実践の効果に関する評価(フィードバック)の5つだ。そして、これを下の数式に従って、MPSを計算する。なんとも素晴らしい!

(出典:BLOGOS

現状の課題と対応策

ブラック企業の是正

下の図(左)はVorkers社が月間平均残業時間と社員の士気について2016年8月に調査結果を発表したものだ。月間残業時間が100時間未満の会社群では社員の士気の増加傾向は緩やかだが、100時間を超えると士気の増加傾向が強化される。つまり、社員の士気がそれほど高くなくても100時間程度の残業は実施される。しかし、100時間を超えると強い士気がないと厳しいと解釈されるのではないか。これをもう少し簡素化したものが下の図(右)だ。つまり、ブラック企業とは、社員の士気が低いのに長時間残業を強いる企業群と言えるのではないか。一方でこれと正反対なのが、社員の士気が高いけど残業は少ないという企業群だ。Vorkers社の調査によればスターバックスや、リッツカールトン、オリエンタルランドなどが名を連ねている。やる気と残業時間の関係は昨日の投稿とも重複するのでこの程度にしておく。

残業削減と社員の士気向上

日本の企業群が目指すべきは、単にブラック企業を是正するだけではなく、社員の士気を高めることではないか。上の図(右)の言葉を使えば、ハイカルチャーゾーンを目指すべきではないか。つまり、ダラダラゾーンの企業群は士気を高めるが急務だ。猛烈ゾーンの企業群は残業時間を減らせるように生産性を高める必要がある。最後のブラックゾーンの企業群は、残業時間の削減と社員の士気を高めることを同時に実施する必要がある。これは簡単なことではないので、やはりIT技術を活用したイノベーションの推進が有効ではないだろうか。

社員の士気を高める5つの方法

士気を高めるにはどうするか。それは2.5で示した5つの職務特性に分解して、社員の士気を調査することだ。そして、どの要因が低いかを調べることだ。下の図は、成長実感があるケースとないケースのそれぞれの職務特性を調査したものだ。そして、MPSを計算すると、成長実感のあるケースは54.7と高いが、成長実感のないケースは16.6と低い。残念ながら基準値は見当たらないが、自らの企業の実態を調査し、そして、弱点を見つけることで改善策が見つかるのではないだろうか。そして、注意すべきは自律性とフィードバックの影響力(効果)の大きさだ。職務職能によって、社員によって、自律性や多様性や完結性は決まるし、それを改善することは難しいだろう。しかし、自律性を与えることはできるだろう。また、社員の頑張り具合の結果としての会社の成果を社員にフィードバックすることもできるだろう。

(出典:パーソル総合研究所

おわりに

日本の企業群の課題は残業時間の削減と社員の士気を高めることの両方を同時に実施することだと考える。単に残業時間を削減するだけでは課題の解決にはならない。そして、社員の士気を高めるには、社員の士気を定量的に評価し、それを高める努力を実践することだ。特に、社員へのフィードバックはやる気さえあればできるはずだ。そして、その上で、社員にはできるだけまとまった仕事を任せ、自発的に、自律的に、工夫する余地を与え、そのタスクの重要性を伝えることだ。そんな風に会社と社員が一体となって頑張ることで、社員のやる気もアップするし、生計の自立が進み、自己啓発を高め、結果として日本人がやりがいや生きがいを感じるようになることが大事だと思う。そして、同時に日本の子供達が寂しいと感じることが減り、やりがいのある仕事にチャレンジするようになれば、日本人全員が勝ち組になるのではないか。そんな夢に向かって目標を設定し、戦略を立てることが重要ではないだろうか。

以上

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