リニア中央新幹線は完遂できるのか。メリットとデメリットと課題を踏まえ代案を模索する。

はじめに

最近、NHK BSでかつて放送されたプロジェクトXを再放送している。黒四ダムの建設、東京タワーの建設、新幹線の導入、洗濯機の製造、それぞれにドラマがあり、感動する。よく完遂したと思う。一方で、環境破壊の抑制、CO2の排出抑制、安全管理の徹底や、働き方改革の推進なども待ったなしだ。さらにはエネルギー問題なども現代社会に突きつけられた難問だ。今回のトピックとするリニア中央新幹線プロジェクトは、当然ながら意義深く、メリットも大きいが、それ以上に検討課題やデメリットが多い。社会の公益増進の立場から見て、推進すべきなのか、中止すべきなのか、軌道修正すべきなのか、非常に難しい問題だ。簡単に答えが出る問題ではないが、そのメリットとデメリットを一度冷静に整理しておくことは意味があるだろうと思う。

リニア中央新幹線のJR東海の当初計画

そもそもリニア中央新幹線(以下、「リニア中央」と言う)は、まずは東京と名古屋の間285.6kmを最高速度505km/hで約40分で走行するという壮大な計画だ。2027年までに東京〜名古屋、2037年までには大阪まで延伸する計画だ。多くの課題があるにもかかわらずJR東海が独力でリニア中央新幹線の実施を敢行すると意思決定した背景はなんだろう。JR東海が独力で実施すると2007年に宣言した時には下図のように長期債務圧縮期間が盛り込まれていた。その後、紆余曲折の末に国による財政投融資と、これに伴う計画の前倒しの計画に変更された。JR東海と国の思惑と国民の願いは一致しているのだろうか。

出典:マンナビニュース(2016/8/31)

リニア中央のメリット

リニア中央のメリットは整理すると次の3点か。これ以外に国策として技術力を高め、輸出に繋げるというメリットもあるかもしれない。しかし、新幹線に比べると輸送能力は低いし、乗り換えが不便という声も出そうだ。

メリット1:より短時間で東京と名古屋/大阪の移動

品川と名古屋が40分でつながることによる経済的な効果は大きく10兆円という試算もある(参考1)。しかし、総工費が7.4兆円で収まる保証はないというか、さらに追加対策費用が発生するのは避けられないだろう。

メリット2:東京〜名古屋〜大阪を結ぶ東京道新幹線にリニア中央が加わり、ダイバーシティ確保

特に現在の東海道新幹線は太平洋に面したエリアに建設されているため南海トラフ地震が発生した場合の影響は甚大と懸念される。ダイバーシティを確保するために中央ルートを追加するというのは理解できる。

出典:LNEWS(2013/8/23)

メリット3:これまで新幹線のルートでなかったエリアの利便性向上

特に、中津川や飯田市との交通が非常に便利になるし、奈良も期待感が高い。ただ、中津川と飯田の間はわずか20kmなので、時速500kmのポテンシャルを無理に出す必要のない距離だ。逆に言えば、高速走行をするには、急発進・急停止が必要となり、エネルギーの消費量も大きくなる。この辺りのダイヤ設計は悩ましいところだろう。

出典:INVEST ONLINE(2018/8/14)

リニア中央の課題

リニア中央のメリットに比べると克服すべき課題は幅広く、根深い問題が多い。

課題1:事業の採算性

JR東海は4月27日にリニア中央の品川―名古屋間の総工費が7.4兆円になると発表した。これは当初の計画よりも1.5兆円増えている。増加した原因は難工事や地震対策の強化というが、これで終わりとは思えない。難工事で完成が遅れば費用は雪だるましきに増大する懸念がある。


出典:三菱UFJリサーチ&コンサルティング

課題2:トンネル工事と水問題

リニア中央はトンネルが多いが、特に25kmにもわたる南アルプストンネルは難工事が予想される区間だ。特に厄介なのは水の流出だ。静岡工区から掘り進めると掘り下げるため水はトンネルの先端に溜まる。逆に山梨側から掘り進めると水は流出する。静岡県はこの水の流出を問題と指摘していて、JR東海は水を還元すると言っているが、単に還元すれば解決するほど問題は単純ではない。本来なら南アルプスの綺麗なお美味しい水を利用できるはずが、泥まみれの水がきても話にならない。農業、工業、住民への影響は計り知れない。

出典:あなたの静岡新聞(2019/12/27)

課題3:騒音問題

時速500km走行に付随する低音騒音など未知数が多い。特に現在の新幹線でも特に騒音の原因になっているのが空気力学的騒音振動だ(参考)。新幹線の歴史は騒音問題の解決とこれによる高速化の繰り返した。時速500kmの騒音問題は解決できるのだろうか。特に、リニア新幹線がトンネルに入る時と出るときの音が心配だ。現地で見学した人によると、リニア新幹線がトンネルから出てくるときは、『ゴロゴロゴロ ドーーン』と雷鳴のような音が響いたという(参考)。

課題4:野鳥への影響

リニア中央が通過するすべての県では大鷹の営巣が確認されている。さらに、山梨県や長野県では熊鷹の営巣、岐阜県ではサシバの営巣が確認されている。さらには、ミゾゴイ、サンショウクイ、ブッポウソウ、イヌワシ、クマタカ、オオタカ、ノスリといった絶滅危惧種の営巣も確認されている(参考)。現地を見ればわかるが本当に自然が豊かなエリアが多い。

課題5:電力問題

リニア中央では工夫して電力消費を抑えるというか、それでも新幹線の消費エネルギーよりも4-5倍は多い。下の図にあるように同じ300km/hで走行するのであれば、リニアは新幹線の1.5倍程度のエネルギー消費だけど、時速500kmで走行すると空気抵抗が半端ないため、無駄にエネルギーを消費することになる。そんなに急いでどうするのと言いたくなる。

出典:産業技術研究所

課題6:電磁波問題

磁界には、静磁界と変動磁界がある。静磁界とは地球の磁気のように固定しているもの。一方、変動時期は機器や電力設備から生じる人工的な磁界だ。リニア中央は車体を浮上させるために磁力の力を用いる。リニア中央の車体は車両あたり25トン程度の見通しだ。これは新幹線の45トンに比べると55%程度に軽量化されている(参考)。自然界にも磁界はあるけど0.05mT(500mG)ほどだという。ペースメーカー等の厚労省の承認基準は1mTだ。リニアの磁石の表面は1T(10000G)という。10mTでも細胞に変化を与えるという(参考)。問題は、リニア中央の乗員・乗客が乗車する場所では、どこまでシールドで電磁波を軽減できているかだ。自然界の磁界レベルまで遮蔽できるなら問題はないかもしれないが、基準や実測値はどうなのだろう。

課題7:安全走行問題

時速500kmで走行していて、地震等の緊急事態が発生した時にどの程度の距離で停止できるのだろう。JR東海のHPによると、回生ブレーキと車輪ディスクブレーキと空力ブレーキを活用するようだが、具体的な停止距離は明示されていない。なお、新幹線のN700Aでは最高速度から停止まで約3kmで停止するという(参考)。それよりも短いのか、長いのかも不明だ。

課題8:車両製造

三菱重工がリニアの車両製造を見送るという記事(2017/8/11)があった(参考5)。リニア中央の車両は先頭車両を日立製作所が、中間車両を日本車輌製造が製造することになったようだ。

出典:JR東海

課題9:そもそも必要か?

アンケート調査結果(参考)によると、そもそもリニア中央が必要が不要と考える人が3割ほどいて、そのうちの40%は東海道新幹線があれば十分という回答だった。また、環境破壊やゼネコン談合などの問題を指摘する声も多い。JR東海がプロジェクトの主体ではあるが、その影響範囲が広い。環境の問題、エネルギーの問題、健康の問題などについて、JR東海は全ての責任を負えるのだろうか。福島原発のように、事故が発生したらJR東海だけの問題ではなく、国の問題となると考えるべきだろう。


出典:Diamond Online(2018/10/3)

代替案

代替案1

折り返しのリニア新幹線はどうなのか。つまり、品川から甲府・松本まで伸ばし、松本で折り返して飯田〜中津川〜名古屋と抜ける。代替案で調べてみると、2009年当時に長野県に迂回するルートを長野県が提案している。この方法だと品川〜名古屋の所要時間が10分ほど長くなるのと建設費が1兆円ほど追加になるので、不採用となっている。しかし、これも本来なら代案として検討の価値はあるのではないか。

出典:Asahi.com

代替案2

リニア中央は、当然ながらメリットはあるけど、それ以上にデメリットが多く、課題も根深い。全ての課題を解決することは正直難しいだろう。ある程度、環境への影響や社会への影響や安全への対応を割り切っていく必要があるけど、そんなことができるのか。そもそも何のためにリニア中央が必要かと言えば、やはり東海道新幹線のみに頼っている構図ではなく、ダイバーシティを確保するべきというのは賛成だし、理解できる。しかし、リニアの必要があるのだろうか。時速500kmの必要があるのだろうか。既存の新幹線として中央新幹線を整備すればどうか。現在のリニア中央のルートでもいいと思うけど、環境への影響を考えると、長野〜松本〜飯田〜中津川〜名古屋のルートを追加することも魅力的だと思う。リニア新幹線は品川〜甲府で実験的運用を10年ぐらいしてから延伸を検討すれば良いと思う。

まとめ

自然破壊や水問題、環境問題などのハードルを乗り越えて工事を完成できるかどうかが大きな課題だ。そして、運用フェーズでは電磁波の問題や電力問題、騒音問題などをどこまで解決できるのかが課題だ。高度成長期には、東海道新幹線を作ることを日本全体が一致団結して燃えるように頑張った。リニア中央の前にはだかる各種ハードルを我々日本人が一致団結して克服できるのだろうか。もしくは、英知を結集して、計画の見直しという英断を下すのだろうか。国や一部の企業だけの問題ではない。明確なリーダシップはどうしても必要だ。日本の鉄道輸送の安心・安全を考える上では、リニア中央にこだわらず、長野〜松本〜飯田〜中津川〜名古屋ルートを追加して、北陸新幹線と連携してはどうだろう。リニアは甲府までを実験的ルートとして10年ぐらい運用してノウハウを蓄積すべきではないか。

参考)
・残土問題:詳しくは述べないが、残土処理問題を間違うと土石流による災害の原因を作ることになるので注意が必要だ。十分な配慮はされているのだろうか。これも土石流や河川の氾濫による悲惨な災害を引き起こす原因とならないように十分な配慮と対策が望まれる。
出典 http://desmona22.rssing.com/chan-11924311/all_p6.html

・日本列島改造論:
田中角栄総理大臣(当時)が1972年に発表した日本列島改造論は有名だけど、その理念は単に利用者の多い都市間を結ぶのではなく、地方の活性化に向けて地方都市と地方都市こそ結ぶべきという考え方であったという。また、東海道新幹線はすでに開通していたが、第二東海道新幹線の必要性も指摘し、「すくなくとも第二東海道新幹線などはリニアモーター方式で走らせてほしいものである」と記されていたという。なんという構想力だろうと感心する。


出典:東洋経済オンライン(2017/2/3)

以上

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