はじめに
難解な脳科学の講義を英語で受講するのはチャレンジングだけど、一つずつ理解を深めることには喜びを感じる。例えば、今回のタイトルに使われている「Stochastic」の意味は確率論という意味だった。こんな基本的な単語の意味も分からずによく受講していると思う。もっといえば、後述のEPSPやIPSPも脳神経科学を学ぶ人にとっては多分常識というか「いろはのい」だろう。先生から英語でも日本語でもいいので質問は?と聞かれて質問しかけたが、恥ずかしながら躊躇してしまった。
講師:寺前順之介
本日の講師は、京都大学大学院情報学研究科先端数理科学専攻非線形物理学講座の寺前順之介准教授だ。京都大学を卒業後、2004年に玉川大学学術研究所、2005年に独立行政法人理化学研究所、2012年には大阪大学准教授、2018年には京都大学准教授を歴任されている。一貫して脳回路の研究を切り開いているパイオニアだ。
(出典:京都大学)
テーマ:神経網や脳の確率論的力学理論
京都大学での研究紹介には、寺前准教授の代表的な研究内容などが紹介されている。今回のテーマはまさにこの①や④や⑤のエッセンスの固まりと言える。事前に一読したつもりだけど、一回ぐらい読んだだけではやはりチンプンカンプンだった(笑)。
① 脳のネットワークと動作原理の解明
② 脳型の機械学習と人工知能の開発
③ 機械学習の数理的研究
④ 生命現象における揺らぎと自発性
⑤ 非線形システムにおける確率現象
基礎知識
脳の働きは神秘だ。今回の授業では、単なる脳の仕組みについての講義を受けるのではなく、脳回路の専門家である寺前准教授が考える疑問とそれの解明にトライするという内容だった。しかし、これを理解するには、基本的な知識が不足しすぎていると感じるので、まずは初歩的な事項のおさらいというか、確認から始めたい。
EPSPとIPSP
EPSPはexcitatory postsynaptic potentialの略であり、IPSPはinhibitory postsynaptic potentialの略だ。異なるのは、最初のEとIだ。Ecitatoryは興奮性であり、Inhibitoryは抑制性だ。下の図(左)では、1回のEPSPでは活動電位を発生させるのに十分な膜の脱分極は得られないことを示し、下の図(右)では3回のEPSPの合計で活動電位が発生する様子を示している。神経科学において、EPSI(興奮性シナプス後電位)は、シナプス後の神経細胞が活動電位を発火させやすくするシナプス後の電位のことであり、一時的なシナプス後膜電位の脱分極は、シナプス後細胞に正電荷のイオンが流れ込むことによって起こるものであり、リガンド依存性のイオンチャネルが開くことで起こる。EPSIは、細胞内へのマイナスイオンの流入または細胞外へのプラスイオンの流出によって生じるIPSP(抑制性シナプス後電位)と逆の現象だ。EPSPは正電荷の流出が減少することで生じることもあるが、IPSPは正電荷の流出が増加することで生じることもある。EPSPはIPSPと同様に段階的に発生し、加算効果がある。複数のEPSPがシナプス後膜の1つのパッチで発生した場合、その複合効果は個々のEPSPの合計となる。より大きなEPSPは、より大きな膜の脱分極をもたらし、その結果、シナプス後細胞が活動電位を発火させるための閾値に達する可能性が高くなる。
(出典:EPSP)
大脳皮質の基底状態
大脳皮質は認知的な随意運動の発現に関与し、脳幹―脊髄は姿勢反射や筋緊張、歩行などの生得的な運動に関与し、大脳皮質から脳幹への皮質網様体投射は随意運動に先行する姿勢制御に関与する。大脳基底核は強力な抑制作用と脱抑制によって、大脳皮質と脳幹の時間的・空間的な活動動態を協調的に制御する。これにより、適切な運動機能が実現する。大脳基底核が不調を来たすとパーキンソン病など重篤な運動の障害が生じる。健常時に大脳基底核がどのように運動に関する情報を伝えるのかはよく分かっていなかったが、近年の研究によって大脳基底核の神経細胞は主に、活動を増大させたり減少させたりという『活動量変化』によって運動に関する情報を伝え、複数の神経細胞が同じタイミングで活動する『同期活動』の果たす役割は非常に小さいことが明らかになった。下の図は、淡蒼球(たんそうきゅう)のうち、大脳皮質運動野から入力を受ける場所にある神経細胞のほとんどが、運動課題遂行中に活動量の増減を示す一方で、同期活動を示す神経細胞のペアは少なく、ほとんどの神経細胞が独立に活動していた。淡蒼球は大脳基底核を構成する神経核の一つであり、外節と内節がある。内節は線条体や淡蒼球外節から抑制性の入力、視床下核から興奮性の入力を受け、視床へ抑制性の出力を行う。外節は間接路と呼ばれる神経回路に介在し、線条体から抑制性の入力を受け、淡蒼球内節・黒質網様部へ出力する。
(出典:生理学研究所)
デフォルトモードネットワーク(DMN)
デフォルトモードネットワーク(DMN:Default mode network)は、主に内側前頭前野、後部帯状皮質/前頭連合体、角回から構成される大規模な脳内ネットワークである。解剖学的には内側前頭頭頂ネットワーク(M-FPN)とも呼ばれ、M-FPNは白昼夢や心の迷いなど、外界に意識を向けず、脳が覚醒状態で休息しているときに活動する。他人のことを考えている時や、自分のことを考えている時、過去を思い出している時、将来の計画を立てている時などでもDMNは活動している。DMNは目標志向型のタスクでは不活性化することが知られている。DMNは内的な目標志向型のタスクや概念的な認知タスクでは活性化することがあるため、この呼称は誤解を招く恐れがある。DMNは、注意ネットワークなど脳内の他のネットワークと負の相関があるという。
(出典:京都大学)
2つの疑問
今回の講義は、次の2つの疑問を共有し、そのメカニズムを考えることにある。次の2つの疑問が提示された。これらへの解説は、別に投稿した。
・疑問1:脳はどのようにして確率的な活動を生み出しているのか?
・疑問2:その計算上の役割は何か?
結論
さまざま点から2つの疑問についての講義がなされた。結論は次のとおりだ。
結論1:
大脳皮質は大量のエネルギーを消費して不均一なシナプスの分布を利用して自発的に確率的な活動を生成する。
結論2:
確率論的な神経・シナプス活動は相乗的なベイジアンサンプラーとなり、明示的な最適化なしにロバストで信頼性の高い学習・推論を実現することができる。
まとめ
今週末は、久しぶりに関西に帰省する。6日の朝の新幹線で滋賀の実家により、奈良に移動して旧友と再会し、翌日の午後の新幹線で東京に戻る予定だ。94歳になる母ともしばらく会っていない。ワクチン接種後に心不全になり、一度心臓が停止したが、家族が幸いすぐに気づいて一命を取り留めた。関係者には感謝しかない。講義の中で示された2つの疑問を理解するための基礎的な知識等は別に投稿した。関西に帰省中に作成したファイルを消さなければもっと早く投稿できたけど、逆に言えば2回復習できたので理解も深まったと考えよう。
以上
最後まで読んで頂きありがとうございます。
拝