はじめに
本日は、東京大学のGCL特別講義を拝聴した。講師はマイクロソフトのエバンジェリスト畠山大有氏だ。また、これまでの講義は基本的にメディア系の話が多かったけど、今回の切り口はSDGsだ。話の引き出しはビッグで豊富だし、資料はオープンだ。事前に講師のプロファイルを見ていたら、FBが出てきた。友達申請をさせてもらったら即承認頂けた。もう一度確認したら本日の資料が既に公開されていた。このスピード感はさすがとしか言えない。なお、いつも書いているが、これは講義メモではない。講義を拝聴して興味深いと感じたことをネットや文献で確認して理解したことをまとめている。なので、もし内容に問題があれば文責は自分であり、逆に内容が良いとすれば畠山講師のおかげだ。
本日の講師
ITプロジェクトのアーキテクトとして25年にわたり、300社以上の案件に関与し、400回以上のセッションに登壇し、100回以上のハンズオンやハッカソンなどのファシリテーションを務めるまさにマイクロソフトのエバンジェリストを牽引する存在といえる。1996年に早稲田大学社会科学部を卒業し、マークスなどに勤務した後、マイクロソフトに転職し、営業で頭角を現し、AZUREの啓蒙活動やアプリ開発のアーキテクトとしての経験を重ねて来られたので発言に重みがある。
(出典:Tech Play)
本日のテーマ
日本語で言えばサステナビリティの課題と機会となる。事前に展開されたのは、サステナブル・ソフトウェア・エンジニアリング(Sustainable Software Engineering)概論だった。これには何か意味があるのだろうか。明確な定義は見つけられなかったけど、下の図のように経済性や環境、社会、個人、技術などのファクターの中心にあるのがサステナブル・ソフトウェア・エンジニアリングだとLuis F. Cruzは提唱している。これに近い考え方なのだろう。
(出典:TU Delft)
批判的に考える
講義の冒頭で、メディアが伝えることをただ理解するのであれば(中学)高校生レベルだ。大学生・大学院生であれば、事実を踏まえて、批判的に思考することが必要だと指摘された。畠山講師自身が常に批判的思考を実践されているのだろう。特に、マイクロソフトは膨大なデータを保有しているため、事実に基づいた思考を検証する機会も多いのだろう。
(出典:Life & Mind)
EVは本当にエコなのか
メディアが伝えることは嘘ではないけど本当とも言えないことも多い。また、これは自分の主観だけど、メディアは視聴者受けする場合には事実を中心にあらゆることを報道するけど、同時に何か目的を持って報道することが多いような気がする。その時の大義名分は誰もが賛成するようなことだけど、よく考えると本当かどうか怪しい場合がある。スーパーのレジ袋を廃止することが本当にエコなのか。割り箸を止めることが本当にエコなのか。そもそもEVは本当にエコなのか。ボルボ自身がそれに対するアンチテーゼを示しているのはびっくりした。トヨタが目指すハイブリッドで燃費を高めることは間違いなくエコだと思うけど、仮に日本全国の自動車が電気自動車になったときに果たしてそれだけの電力の供給を実現できるのか。まさに事実をベースに冷静な議論をする必要がある。コロナ禍ではマスク着用は必要だと同意するけど、雨も止んだのに傘を差し続けることにはデメリットもあるはずだ。冷静な議論が望まれる。
(出典:EveryOne)
10億ドルのファンド
マイクロソフトは10億ドルを脱炭素に投資するという。2021年6月2日に、EUはビル・ゲイツ氏が設立したBreakthrough Energyとパートナーシップを組み、2022年からの5年間でクリーンテックに最大8億2,000万ユーロ(約10億ドル)の新規投資を行うと発表している。グリーン水素、持続可能な航空燃料(SAF)、直接空気回収(DAC)、長期エネルギー貯蔵(LDES)の四点が重点対象だ。これらは今後も目を離せないキーワードになるのだろう。
(出典:Energy Shift)
マイクロソフトのCEO
マイクロソフトにはCEOが二人いる。一人は最高経営責任者(CEO)であるインド出身のサティア・ナデラだ。もう一人は、最高環境責任者(Chief Environmental Officer)のLucas Joppaだ。Lucas Joppa氏は、2021年9月に「Breakthrough Energy Catalyst」プロジェクトに1億ドル寄付すると発表した。世界を動かす40人の一人だという。
(出典:Evening & Standard)
scope 1,2,3
サステナブルを考える上でのキーワードがスコープ(Scope)だ。スコープ1は自社が直接的に排出する温暖化ガスだ。スコープ2は間接的に排出する温暖化ガスだ。そして、スコープ3はサプライチェーンなどの取引先が排出する温暖化ガスで、これが排出量の80-90%を占めていることを理解しなければならない。このため、マイクロソフトは、カーボンネガティブへの道として、2030年までにスコープ3の排出量を半分以上削減し、2050年までに過去の排出部を含めて取り除くことを目指しているという。素晴らしい。
(出典:講義のテキスト)
データセンターの変遷
PUE(Power Usage Effectiveness)とは、データセンターなどのIT関連施設のエネルギー効率を表す指標の一つで、施設の全消費電力をIT機器の消費電力で割ったものだ。1989年から2005年の第一世代では2.0以上だったものが、徐々に低下し、第5世代では1.07から1.19を目指すという。1989年に創業したテレハウス事業に関わったことは以前も投稿したけど、当時は水冷式大型コンピュータを想定していたので、PUEは2を遥かに超えていたと思う。2000年当時に香港でもデータセンターの立ち上げに関与したけど、そもそも空調発電設備がフロアの半分近くを占めていた。この時点でPUEは2を超えている。Googleなどではコンテナ型を導入と聞いてびっくりしたのをよく覚えているが、2012年以降は第4世代としてモジュラー型、さらには統合化に向かっている。
(出典:講義のテキスト)
海底データセンター
もっとびっくりしたのが海底でコンピュータが機能するかをマイクロソフトが実験していたことだ。確かにデータセンターの課題は空調であり、海底であれば海が天然の空調機能を果たしてくれるというメリットはある。マイクロソフトは、2018年春に水深約35m(117feet)にデータセンターを設置して、性能と信頼性を試験していた。海水による被害も懸念されたが、水中での故障率は地上での故障率の8分の1だったとプロジェクトマネージャーベン・カトラー(Ben Cutler)が報告している。拡張性や保守性は期待できないけど、潮流エネルギーによる発電機能などとセットで考えれば、海底にデータセンターを設けることは検討の価値はあるのかもしれない。
(出典:マイクロソフト)
Open AIはエコか
質疑応答の中でOpen AIのGPT-3,4は正当性(justification)があるかという質問があった。GPT-3の開発者らによると、1750億パラメータを用いる最大のモデルの場合には100ページのコンテンツを生成するのに0.4キロワット時のエネルギー消費が必要だ(参考)。OpenAI は、人工知能を研究する非営利団体であり、オープンソースと親和性の高い人工知能を推進することを目的としている。
(出典:IT Media)
カーボンニュートラル
2021年10月のマイクロソフトの発表では、3年でサーバー冷却に使う水を95%削減し、再エネ調達、導入企業の脱炭素支援を進めるとしている。下の図は、マイクロソフトが考える施策をポンチ図に落とし込んだものだ。本気で取り組んでいる。
(出典:Business Insider)
地球温暖化と寒冷化
学生から地球の温暖化と寒冷化に絡んだ質問があった。確かにメディアでは一方的に温暖化が進んでいるように報道している。これは間違ったことではないけど、期間を広げると約12万年周期で寒冷化と温暖化が繰り返されている。残念なことに過去の歴史をみると寒冷化の期間(氷期)が長く、温暖化の期間(間氷期)は1万年程度だ。メディアが環境に優しいとか、地球に優しいという表現を使うことがあるが、地球は想像以上にタフだ。そうではなく、地球に住むヒトに優しい環境を維持したいのが環境問題とはっきりと謙虚に認識した方がいいと思う。
(出典:JAMSTEC)
海流の周期
学生からの質問に応じて畠山講師より海流の周期は長いという話があった。海流については、以前も投稿したけど、深層海流の速度は1秒間に数cmだ。海洋学者によって様々な意見があるけど、深層水の平均年齢は1,000歳で、深層海流が沈降してから浮上するまでに1,500~2,000年の時間がかかるという(参考)。
(出典:KIDS日本海学)
日本企業のIT投資
下の図は日本企業のIT投資に対する2013年と2017年の日本企業の調査結果と、2013年の米国企業の調査結果を対比したものだ。日本企業のIT投資が極めて重要と回答した企業は、2013年の16%に比べると2017年に26%と拡大しているが、2013年の米国はすでに75%であり、この格差は悲しい。スイスの国際経営開発研究所(IMD)が毎年発表している「世界主要各国のデジタル競争力の評価ランキング」の2021年版報告では日本は全64カ国中28位という結果だった(参考)。日本企業のIT投資は、コスト削減が主流だ。そうではなく、事業変革のためのIT投資の重要性と必要性をもっと認識したい。
(出典:JEITA)
まとめ
マイクロソフトは、もはやWindowsだけの会社ではない。下の円グラフは、2019年6月期における事業・サービス別の売上高であり、クラウド系がほぼ半分を占めている。Windowsの比率はわずか16.2%だ。このため全世界に200以上のデータセンターを運用し、300万台以上のマシンを稼働させている。それらを支えるのは電力であり、水であり、空気だ。環境に与える影響の98%は取引先からの排出だ。これら全てをサステナブルにしなければマイクロソフトの企業としての寿命を縮めることにもなる。そんな危機感が背景にあるのだと感じた。今回は貴重な講義をありがとうございました。
(出典:投資パンダ)
以上
最後まで読んでいただきありがとうございました。
拝
P.S.今回の主題ではないけど、CO2の大気での構成比は0.03%だ。温室効果ガスとしてその削減が重要ということに異論はない。しかし、化石燃料を燃やせば酸素を消費する。酸素の大気での構成比は20.95%だ。地球環境研究センターの調査によると、CO2は年間2.1ppmの割合で増加し、酸素濃度は年間4.2ppmの割合で減少している(出典)。環境問題としては、この両方にストップを必要があるのではないだろうか。温暖化防止のための森林を伐採してメガソーラを建設することが環境に良いとは思えない。目的と手段を履き違えないようにしたい。