はじめに
江戸時代にペストが蔓延するまでは医学といえば東洋医学だった。マッチポンプのような構図とも考えられるが、ペスト菌と共に西洋医学が日本に持ち込まれ、明治維新以降は医学といえば西洋医学が主流となった。ただ、西洋医学と東洋医学には根本的な考え方の違いもある。人生100年時代を健康に生きるには、西洋医学だけではなく、東洋医学の考え方や知恵を学ぶことも大事だろうと思い、少しキーワードを解説したいと思った。東洋医学は幅が広く奥が深い。今回は3回に分けて投稿することとする。
その1:東洋医学の考え方と4つの気(⇨ 今回)
その2:気・血・水と薬膳理論(次回)
その3:五行理論の相生と相克(次々回)
聖人は未病を治す
西洋医学は、特定の病気を治すことを特徴としている。そのためには内科的な医療や外科的医療、必要な薬の投与などを行う。一方、東洋医学は、健康な人の病気の予防や健康維持、未病の治療を含んでいる。心身一如とは、心と体が一体であるという東洋思想に基づいている。このため、資料では、治療では、心身のバランスを整えることや、心身全体の調和を図ること、陰陽(いんよう)、虚実(きょじつ)、気血水(きけつすい)などの観点から総合的に判断して、本人が持つ治癒力や免疫力を高めることを特徴としている。極論をいえば、高齢になれば具合の悪いところが出てくるのは当たり前だ。それを西洋医学の考えで治療しようとするのではなく、東洋医学の考えで受け止めて受容することが今後の高齢化社会では必要かつ重要なのではないだろうか。
(出典:養命酒)
黄帝内経(こうていだいけい)
「聖人は未病を治す」の成人とは名医のことだ。つまり、名医は病人を治すのではなく、病気になりそうな人を正常に戻すという意味であり、中国最古の医学書と言われる黄帝内経に書かれている。黄帝内経は、元々は18巻あり、一部にあたる9巻を鍼経と呼び、2部の9巻を素問と呼ぶ。鍼経は散逸していて残っていないが、実践的な記述という。また、素問は、紀元前202年の前漢代の頃から編纂され始め、西暦762年の前漢代に編纂された。内経の原本は残っていないが、京都の仁和寺には黄帝内経太素の写本が所蔵されている。この太素(たいそ)は7世紀ころの写本で唐代の楊上善が素問と霊枢を合わせて編纂したものという。日本では、光明皇后(西暦701から760年)は、奈良の興福寺に秘伝院と施薬院を設け、貧しい人々に無料で医療を施した。西暦753年には医学に精通した中国の僧・鑑真(がんじん)が日本に到着し、756年には聖武天皇の49日後に、医学書と大量の薬草を奈良の宮中に奉納した。東大寺の正倉院の宝物殿に保管されているという(参考)。
(出典:Bee-Lab)
既病と未病
江戸時代の儒学者貝原益軒については、以前にも投稿したように、83歳の時に養生訓を著した。江戸時代の引退(老衰隠居)は70歳だった。そして、養生訓の中で未病について触れている。病気になってからこれを治すのは大変だけど、下の図に示すように、疾病前の未病状態なら正常状態に戻すことは可能だ。西洋医学は病気を治すが、東洋医学は健康状態を維持することを主眼としている。富山大学では、未病状態を科学的に分析するために整体信号の揺らぎに着目した数学理論である動的ネットワークバイオマーカー理論(DNB理論)を用いて検証した。面白い。
(出典:生活習慣病)
邪気と営気
病は気からというように、発病させる気を邪気(じゃき)と呼ぶ。身体の生理機能や抵抗力を正気(せいき)という。正気は病邪に対する抵抗力で、ヒトの生命や健康を維持する。人体に必要な気・血・津液・精のうちどれが欠けても、正気は弱り抵抗力は落ちる。また、元気(げんき)・宗気(そうき)・営気(えいき)・衛気(えき)という4つの気も後述するように大事な気だ。
アニミズム的な気
アニミズムとは、物や場所、生き物は全て明確な精神的本質を持っているという思想だ。ラテン語の息・精神・生命を意味するanimaが語源だ。イギリスの人類学者エドワード・バーネット・タイラー(Sir Edward Burnett Tylor、1832年10月から1917年1月)が著書「原始文化(1871年)のなかで宗教の起源に関してアニミズムを提唱した。日本では、山にも海にもトイレにもあらゆるところに存在すると考え、これを八百万(やおよろず)の神と呼ぶが、アニミズムの考えと同根のように感じる。
臓腑の気
臓腑の気は、各臓腑が行う生理機能の活動源となるエネルギーのことだ。肝気・胆気・腎気などがこれに当たり、五臓六腑の各臓腑が持っている。例えば、脾がおこなう消化・吸収の機能は、脾気によって行われる。臓腑全体の気としては「五臓六腑の気」と臓腑全体の働きを表す。
経絡の気
経絡(けいらく)とは気血の通り道のことであり、経絡の中を運行する気を経気(けいき)や真気(しんき)と呼ぶ。経絡は経脈(けいみゃく)と絡脈(らくみゃく)に別れる。経脈は身体を縦に流れる脈、絡脈は身体を横に流れる脈という意味だ。経脈には、十二経脈と奇経八脈(きけいはちみゃく)があり、経脈中を運ばれる営気・宗気・水穀の精微のほか、経脈自体の活動源となる気がこれに含まれる。
四つの気:元気・宗気・営気・衛気
「宗気・営気・衛気・元気」は、人体の生理活動を維持し活性化させる基礎物質としての「気」の種類だ。ひとは生まれるときに父の精と母の精を元に先天の精を頂き、これが元気となる。元気は臍下の丹田に蓄えられる。食べ物を頂くと水穀の精微をとりだし、これが水と後天の精となり、後天の精はさらに営気と衛気になる。営気はからだの栄養分、衛気は邪気からからだをまもる気だ。ひとは自然界の清気からも気をつくりだす。それが宗気だ。良い食べ物を適度な量、正しい方法でとり(食養生)、良い空気を正しく呼吸(呼吸法)し、セックスを節度をもって行うことが東洋医学の代表的な養生法のようだ。
(出典:東洋薬膳)
まとめ
今回は東洋医学についてまとめてみたいと思った。調べてみると範囲も広く奥も深い。調べて分かったことは、西洋医学は病気を治す学問であり、東洋医学は健康を保つ学問だ。目的は同じだけど、アプローチや考え方が異なる。また、病は気からというが、未病を治すにはこの気を正しく保つ必要があるため、気に対する考察が鋭い。親からもらった元気、食べ物からもらう営気、呼吸を通じて空気から貰う宗気、さらに外邪の侵入を妨害する衛気の4つ気は言い得て妙だ。また、五臓六腑というが、内臓と気との関係にも踏み込んで分析している。面白い。次回は、気・血・水の薬膳理論を中心にさらに東洋医学について踏み込みたい。
以上
最後まで読んで頂きありがとうございました。
拝
(参考)
その2:気・血・水の薬膳理論(次回)
その3:五行理論の相生と相克(次々回)