お箸の話その3:アイヌのパスイは日本の箸と同様に神と人をつなぐ役割を担っていた。

はじめに

これまでお箸の話を2回投稿した。初回は世界の食文化の違いから箸の歴史を紐解きたいと思った。前回は、独自の進化を遂げた日本の箸文化と歴史、マナー、種類などを紹介した。今回は、初回では語りきれなかったアイヌのパスイについて深掘りするとともに、海外での箸の呼び方などを概観した。古代イスラエルやシュメール人に箸文化があったのかを調べようとした。流石に見つけることはできなかったけど、フィンランド語では箸をPuikotと呼ぶことは見つけた。なんとなく嬉しい。

その1:世界の食文化の違いと箸の歴史(初回
その2:日本の箸文化と歴史、マナー、種類(前回
その3:アイヌのパシイの意義と箸との関係(⇨ 今回)

アイヌのパスイ

神事に用いる酒を飲む(イク)箸(パスイ)

アイヌ民族の神事では、神(カムイ)にお酒を供える時に捧酒箸「イクパスイ」と呼ぶ棒状の祭具を用いる。イクパスイの箸先を酒杯につけ、神や祖先の祭壇に向けて垂らす。この世の一滴の酒は神の国では一樽になり、神々とともに同じ酒を酌み交わすと言う意味がある。また、イクパスイは人間の祈り言葉を神へ伝える役目ももつ。イクパスイ儀式で繰り返し使用し、子孫に受け継がれる。漆が塗られていたものもある。これは縄文時代に見つかった漆の棒状のものとの関係などが気になるところだ。

(出典:gosanjin

家系を示すイトクパ(itokupa)

イクパスイ(Ikupasuy)の中央部には動物や花など抽象的なデザインが装飾される。イクパスイの両端には、持ち主の家系を表すデザインが施される。これはカムイが供物を備えた人を識別するためだ。イクパスイの裏側にもシロシ(shiroshi)と呼ばれるシャチなどのシンボルが印として刻まれる。イタリアの人類学者であるフォスコ・マライーニ(Fosco Maraini、1912年11月から2004年1月)が北海道帝国大学医学部に留学した際に、アイヌ研究の大家である児玉作左衛門の指導を受けて、アイヌの信仰やイクパスイについて研究を進めた。その中で、イクパスイに刻まれる印であるイトクパ(itokupa)は、それを彫った個人や家系を表し、イクパスイの表面に彫られた装飾は海の神(rep-un-kamui)や熊(kim-un-kamui)などを表すとした。初期には写実的な彫刻が時代によって簡略化されたことも示した。

(出典:ikupasuy

各パートの名称

イクパスイの各パートには名称がある。例えば、一滴のお酒を神に捧げる先端の部分はバルンベ(舌)と呼ばれる。アイヌの地方によっても異なるが、例えば下の図(上)だとキケ(削りかけ)の数や形は家計によって異なる。神道では、2本の紙垂(しで)を竹または木の幣串に挟んだ御幣(ごへい)と呼ばれる幣帛(へいはく)を用いるが、アイヌではイクパスイの一種である木幣(もくへい)としてキケウシパスイを用いる。特に重要な祈りに用いられ、儀式が終わると火にくべたり祭壇に納めて神への捧げ物とする。上面または下面に刻まれた祖印(イトゥパ)が家系の男性によって代々受け継がれる。御幣と木幣と同じ役割を持つ同根の祭具に思える。

(出典:ff-ainu)

子供が1歳になった時のお祝い

日本では、赤ちゃんの健やかな成長を願うため、お食い初めを生後100日に行う。100日祝いとか百日(ももか)祝いと呼ばれ、平安時代から行われている伝統行事だ。お食い初めでは初めて箸を使ってお魚を食べる真似をするので、箸揃えや箸祝い、真魚始め(まなはじめ)とも呼ばれる。一方、アイヌでは、子供が1歳になった時には「トゥムシコヮパスイ」と呼ばれる箸を祝いとして与えられる。トゥムシコヮパスイは鈴状の飾りを掘り出した箸であり、オンコと呼ばれる木から作られる。オンコとはイチイのことであり、イチイの木から神職が右手にもつ細長い板である笏(しゃく)を作る。ちなみに笏の長さから1尺が決められたと言う。話を戻すと、赤ちゃんがトゥムシコヮパスイを使っているうちに壊すことがあるが、これは赤ちゃんが元気に育っている証拠とされる暖かい文化だ。

海外での箸の呼び名

初回の投稿でも、海外の箸について紹介したけど、箸をそれぞれの国でどのように呼ぶかという観点から概観してみた。

英語

1膳の箸は、「a pair of chop sticks」だ。ピアノの練習曲はchopsticksだけど、NiziUの新曲はchopstickと単数系だ。

中国

中国語では、クアジー「筷子(kuàizi)」という。中国での箸は食のための道具だ。宗教的な意味合いや精神的な意味合いは感じられない。

(出典:illlust

沖縄

沖縄は海外ではないけど、下品な言葉での箸は「めーしー うめーしー」。丁寧な言葉での箸は「うーめーしー」。沖縄に赴任していたけどこんな言い方をするとは初めて知った。うまい+メシとしか聞こえない。

韓国語

箸は「ジェオ(젓가락)」。匙と箸をあわせて「スジョ(수저)」と呼ぶ。下の写真は銀のスジョ。韓国では鍋料理なども美味しいので、スプーンは欠かせない。毒を検知するので銀の食器が重宝されたとはちょっと怖い感じがする。

(出典:sonoma

ベトナム語

箸は đũa と呼ばれる。下の写真はベトナムのココナッツの木を削って作った菜箸。


(出典:TIRAKITA)

モンゴル語

先の投稿でモンゴルではヘト・ホルガと呼ぶと書いた。これも特に間違いではないとは思うけど、パートごとに分けると、次のように分解できる。①は銀の箸(サバハ)。②は象牙の蒙古刀(ホタクッ)、③はピンセット、④は鞘(ホイ)、⑤は発火器袋(ヘト)。⑤に発火のための草や綿、火打ち石を入れる。箸に相当する単語はサバハの方が適切かもしれない。

(出典:ブックス

フィンランド語

在日フィンランド大使館がツイッターで「フィンランド語でお箸はPuikot」と投稿していた。気になって調べてみると、Puikotとは針とか杖を意味するpuikkoの複数形だった。つまり、棒状のものをセットで用いるという意味から1膳の箸はPuikkoではなく、Puikotとなる。面白い。なお、フィンランドではトナカイの角などから編み針(ノールビンドニング)の利用が普及している。下の図は、一瞬、お箸かと思ったら、どうもこれも編み針のようだ。


(出典:tuoteryhma

まとめ

日本における箸は単なる食の道具ではなく、神道における祭具ということをお正月などには感じる。神道においてはこの世とあの世をつなげる橋と言う意味もあるという。一方、アイヌにおけるイクパスイも神(アイヌ)と人を結ぶものだ。この世の一滴のお酒が神の世界では一樽に相当するというのも面白い。また、イクパスイでは個人や家系を示す印もつけていた。現代でいうIDの役目も果たしていたのかもしれない。箸が中国から来たというのが定説だけど、そこに宗教的なストーリーが何もないはずがないと思う。日本人の起源を探るというテーマで様々な投稿をしているが、今回の箸も興味深い内容を得られたと個人的には満足している。

以上

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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