初めに
はてなブログを2017年1月から開始して、556件のブログをアップした。その中で常にヒット数が上位に来るブログの一つはこれだ。日本人の起源について興味を抱いて書き始めたものだ。これはほぼそのままの再現となるが、これからもテーマを深掘りしながらトピックを広げていきたい。
日本人はどこから来たの?
NYは人種のるつぼ、日本人は純血だと言われる。本当だろうか?NYには確かに多様な人がいる。肌の色も目の色も言葉も多様だ。一方、日本人は肌の色も目の色も言葉もほぼ同じだ。しかし、日本人の顔や身体をよく見ると、この人は韓国系だなあとか、南方系だなあとか、北方系だなあとか、モンゴル系だなと感じることがある。海外から日本に戻る時に、日本人のコーナーと日本人以外のコーナーがあるが、え!この人が日本人?とか、え!この人は日本人ではないの?と不思議に感じることがある。
下の図は、遺伝学の根井正利さんのデータに基づいて独自の見解から作成された尾本恵一さんの資料だ(参考1)。これによると、20万年前にアフリカで「新人」が発生し、ヒマラヤ山脈を北上したグループがさらに日本列島に流れてきたという。
日本人とユダヤ人
下の図は、Y染色体(Adamo Y-DNA)の系統図だ(参考2)。これは父系で遺伝するY染色体に着目した系統図だ。これによると、日本人やチベットに見られるDや日本人に見られるDE、イスラエルや古代ユダヤに見られるEは古代血統と呼ばれる同じグループを起源にしている。
縄文人のルーツと日本人
このY染色体のDEのグループはYAP(Y-chromosome Alu Polymorphism)と言う。Wikiによると、古代におけた変異の痕跡がRNAに転写されずに、DNA配列に挿入されたものだ。YAP変異を持つ系統はハプログループのE系統とD系統に限られるという。Wiki(参考3)によると、Dタイプには、竹村健一や堀江貴文、Eタイプにはアインシュタインやオバマ、ヒットラー、ナポレオン、マンデラ、ライト兄弟が列挙されている。下の図は、国立大学法人総合研究大学院大学が発表した内容だ(参考4)。これによると、縄文人はアイヌ人にもっとも近く、ついでオキナワ人に近いと言う。また、縄文人のDNAから、縄文人は、アフリカから東ユーラシアに移り住み、最も早く分岐した古い系統であることが判明した。また、日本人には、縄文人ゲノムが15%程度残っているという。
東日本と西日本のルーツの違い
下の図は、文化人類学者である小山修三の年代感に基づいて、伊藤利行さんが独自に推定したものだ(参考5)。これによると4,300年前にはバイカル湖から来た民族が勢力を伸ばして、25万人まで増加した。一方、その時期の西日本には中国や江南地区からの民族を中心に9500人ほどだった。その後、急激な寒冷化と言う気候の変動を受けて、東日本の民族は激減するとともに、西日本に進出したという理解だ。
世界的な気候変動
Wikiによると、7500年前から5000年前は世界的な温暖化で現在より2-3度暖かかったという(参考6)。そして、5000年前から2500年前には世界的に氷河が進んだ寒冷期だった。そして、2500年前から現在は温暖化の時期にあるという。
気候変動と温度変化
では、その温度変化はどうだったのか。同じくWikiの英語版だが、次のような温度変化のグラフが掲載されていた(参考7)。これによると、5000万年前にはなんと現在よりも14度も高い。これをピークに気温が低下して、2万年前には現在の温度より10度近く低かった。その後、温暖化に向かい、1万年前にはほぼ現在の温度分布帯に移行した。2050年や2100年に温度上昇がどこまで伸びるのか、もしくは抑えられるかは我々現在を生きる人間に突きつけられた大きな課題だ。
気候変動が引き起こす民族の大移動
下の図は、同じく伊藤利行さんのブログに掲載されている図だ(参考8)。Wikiの用語で言えば、サブボレア期の寒冷期には、北の民族が南に大移動した。これはアジアに限らずゲルマン人の南下やアーリア人の南下が起きている。万里の長城は紀元前214年に秦の始皇帝によって建設されたというが、これも匈奴のような北方の異民族の侵攻に対抗するためだ。つまり、攻める側にも寒冷化と言う最大の危機に対して生き延びるための南下だったということだろう。
ブリヤート人が日本の祖先か
大阪医科大学の松本秀夫名誉教授は、東アジアから東南アジアの130集団(約2万人)の遺伝子を調査した結果を論文で発表している(参考9)。これによると、日本人の起源は基本的に北アジアであり、特にシベリアのバイカル地方の可能性が高いとした。
まとめ
日本人の起源は今後のDNAやRNA分析によって、もっと正確な系統がきっと究明されるだろう。正しい歴史観を持つことは日本人としてのアイデンティティを確立することにつながる。日本語とヘブライ語の共通点などの理由も明らかになるだろう。以前、国際会議に参加した時に、各国の代表者が国名のABC順に座った。東アジアからの参加者は日本だけだったので、Japanの隣に座ったJordanからの代表者に仲良くしてもらった。ゲルマン系とラテン系が喧々諤々に議論する様子を見ながら通信の標準化は実質的にこの欧米での議論がリードしているのだというのを痛感するとともにイスラエル系の人との遺伝子的な距離の近さを感じた。
おまけ:リトアニアの博物館でみる日本の農家との共通点
この夏にバルト3国を旅行した時にも、日本人との共通性や類似性を感じることが多かった。エストニア人は北欧系であり、民族的には異なるがその勤勉性や真面目さは共通し、信頼しあえる民族だと感じた。また、リトアニアの国際博物館を訪問した時には、下の写真のように、古い民家の展示があった(参考10)。日本の古い民家との共通点は多いのではないだろうか。これ以外にも、「そろばん」や「かんな」が骨董屋で陳列されていた。いずれも原理は同じだが、それぞれで工夫した結果、細部で異なっていた。例えば、そろばんは玉の数が違っている。リトアニアの「かんな」は押して使うが、日本の「かんな」は引いて使う。それでも妙な符合に気づくことが多い。 自分は民俗学の学者ではないが、今後もこれらの研究の動向はウオッチしていきたいと思う。
以上
参考1:http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn4/004_09.html
参考2:tps://blogs.yahoo.co.jp/yynatunatu1108yysummer/GALLERY/show_image.html?id=17908450&no=3
参考3:https://ja.wikipedia.org/wiki/ハプログループDE_(Y染色体)
参考4:http://www.soken.ac.jp/news/30232/
参考5:http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn2/002_05nihonnjinnokisousyuudan.html
参考6:https://ja.wikipedia.org/wiki/古気候学
参考7:https://en.wikipedia.org/wiki/Paleoclimatology
参考8:http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn2/002_04_01kannreika_gamotarasita_jyoumonnhoukai.html
参考9:https://www.jstage.jst.go.jp/article/pjab/85/2/85_2_69/_pdf
参考10:http://hiroshi-kizaki.hatenablog.com/entry/2017/08/10/013147