脳型情報処理機械論#13-1:ゲスト講師の土谷教授はオープンマインドな先駆的研究者だった。
脳型情報処理機械論の最後となる13回目の講義のゲスト講師は豪州メルボルン州立のモナシュ大学の土谷教授だ。クオリアやIIT、米田の補題(Yoneda Lemma)を活用して意識を数理的に構造化しようという壮大な試みに関する講義だ。難解な用語は次回解説し、本論や今後の検討課題は次々回に紐解く予定だ。
脳型情報処理機械論の最後となる13回目の講義のゲスト講師は豪州メルボルン州立のモナシュ大学の土谷教授だ。クオリアやIIT、米田の補題(Yoneda Lemma)を活用して意識を数理的に構造化しようという壮大な試みに関する講義だ。難解な用語は次回解説し、本論や今後の検討課題は次々回に紐解く予定だ。
東洋医学のその3として、五行理論について深掘りしてみた。5つの元素のバランスの上でこの世が成り立っていて、それぞれに影響し合っている。また、心と体は一体のものとして、その関係性なども五行色体表では体系化している。中華思想恐るべし!東洋医学は、中国語では東方医学と呼ぶ。中国から見た東方とはどこだろう。
大航海時代に壊血病が流行った時にもレモンが良いことはわかっていた。脚気が流行った時も玄米食で治ることはわかっていた。現在のアレルギーも衛生環境が良すぎてLPSが不足するためと頭ではわかっている。新型コロナも感染者と陽性者の区別を曖昧にしてマスコミは民衆を煽る。大事なことは自然の免疫力を高めることだ。
西洋医学は病気を治すること、東洋医学は健康を保つことと似て非なる学問だ。高齢化社会を生き抜くには、西洋医学一辺倒ではなく、東洋医学の思想を取り入れて活用すべきだろう。病は気からという。親からもらった元気、食べ物からもらう営気、呼吸を通じて空気から貰う宗気、さらに外邪の侵入を妨害する衛気の4つ気は重要だ。
アイヌのパスイと日本語の箸は発音も近い。宗教的な役割を担う点でも共通している。縄文時代にも漆の棒状のものが発掘され、共通点を感じる。ただ、パスイは箸というよりも匙(さじ)の原型のようにも思う。その意味ではモンゴルのサバハに日本の箸との同根性を感じるのは自分だけだろうか。
箸の起源を辿ると神事向けだった。確かに今も正月の時は寿の袋に入れた箸を使う。また、少し高級な箸をバラ利久と呼ぶが、これは千利休が客人をもてなす時に杉の木を削って用意した箸が由来という。日本人は、箸を単なる道具としてではなく、神の世界とこちらの世界をつなぐ橋と考えたようだ。知らなかった。
お正月は寿と書かれた箸袋に入った綺麗な割り箸を使う。箸について調べたところアイヌのパスイやモンゴルのヘト・ホルガなど個性的な箸に巡り合った。日本の箸も古代は竹を曲げた折箸が神事で使われていた。箸の文化を紐解くことは民族の文化を紐解くことにつながりそうだ。
教育とはある目的のために誰かに何かを学ばせることだ。学習とは自分自身が自主的に能動的に何かを学ぶことだ。どちらが楽しいかは自明だろう。指導者の重要なミッションはメンバーのやる気を高めること。高い目標に向けて頑張ろうと決意させること。自分で決めたことなら皆納得して頑張ると思う。
新聞業界が現在直面している困難を打破して飛躍するのは簡単ではない。解決のヒントはやはりテクノロジーの活用と一人ひとりのお客様とのつながりの強化だ。その方向で考えると、パーソナライズペーパーに行き着いた。克服すべき課題は多いけど目指すべき方向性としては魅力的な世界ではないだろうか。社会的な意義があれば夢はさらに広がる。
欧米ではクロスオーナーシップは規制されているが、日本では新聞社とテレビ社との関係は根強い。外資の出資比率は20%までだが、放送法116条に基づき議決権を有しないことを盾にフジテレビや日本テレビは大きく超えている。NHKの報道にも疑問を感じることがあるが、日本における言論の自由は担保されていると言えるのだろうか。