お箸の話その2:元々は神事用。千利休は杉の木を削った箸で客人をもてなした。

はじめに

正月らしく、昨日から箸について投稿している。昨日は、世界の食文化の違いから、箸の歴史を考えてみた。今回は、日本の箸文化に焦点を当てて、その歴史やマナーなどを含めて深掘りしたい。明日は、日本の箸との関係を一般には指摘されていないけど、関係が深そうなアイヌのパスイについて投稿する予定だ。純粋に箸だけを使うのは日本であり、日本人の手先の器用さや繊細さの秘密は幼い頃からの箸使いにあるのかもしれない。

その1:世界の食文化の違いと箸の歴史、海外の箸(前回
その2:日本の箸文化と歴史、マナー、種類(⇨ 今回)
その3:アイヌのパスイと箸の関係(次回

箸の歴史

箸の匙(さじ)の出土事例

お箸は東アジア地域を中心に広く用いられている食器であり、2本一対で用いる。右利きの人は右手で箸を持ち、皿などの器にある料理を掴んで別の皿に移したり、自分の口に持って行くために用いられる。中国や韓国ではスプーンと共に箸を使うが、日本では「箸に始まり箸に終わる」と言うほど基本的に箸だけで食事を行うことが多い。先に投稿したように、6,000年前の縄文時代の福井県鳥浜の遺跡からも棒状の漆器が発見されている。お箸は食事の道具だけではなく、神事とも密接に関わってきた。お箸の歴史は諸説あるが、古くは642年に即位した皇極天皇が大臣である蘇我蝦夷へ奈良県飛鳥村に建設するように命じて完成した板葺宮(いたぶきのみや)から檜製の箸が出土している。奈良の平城京跡からは、奈良時代初期や中期の桧・杉製の箸が出土しているが、特定の場所からの発掘のために公的な行事や神事で使われてきたと考えられる。


(出典:日韓の食事作法

折箸と箸食制度の始まり

島田遺跡からは下の図(左)に示すようなピンセット型の竹の折箸が出土した(出典)。奈良の正倉院御物には、二本一組の銀箸と鉗(かん)と呼ぶピンセット型挟弧(きょうす)などがある。日本では、皇即位の年に行われる最初の新嘗祭すなわち大嘗祭に供えられる箸がピンセット状の箸であるため、これが日本古来の箸であると言う説がある(出典)。推古天皇が隋に遣隋使を送った7世紀の初めから2本セットの箸が使われ始めた。中国王朝では2本の箸で食事をしていると遣隋使から報告を受けた聖徳太子は、中国からの使節を日本に招待する時のために箸食制度を朝廷の供宴儀式で採用した。この頃から日本では食事に箸を使う風習が始まったとされている。8世紀の頃から神事では古くから下の図(右)のような「箸の台」が使われていて、神事と密接な関係を持つ調度品から現代の箸置きに発展したと考えられる。

神事での祭器

日本では、お祝い事全般における食事を祝い膳と呼び、その時に用いる橋が祝い箸となる。お正月では、おせち料理やお雑煮を頂く時には、普通のお箸ではなく、寿と書かれた箸袋に収まった祝い箸を用いる。祝い箸の箸袋には家長が家族の名前を書き、大みそかに神棚に供える。箸袋の正面の寿の文字の下に、家長は主人と書き、家族の分はそれぞれの名前を書く。お客様のための箸には「上」と書く。そのような文化は代々引き継がれてきたが、令和の時代にそれを行なっている家族はどの程度だろう。お箸は神道儀礼における祭器でもある。伊勢の神宮では、神様に御饌(みけ)を御箸とともにお供えする。式年遷宮諸祭で行われる饗膳(きょうぜん)の儀などでは、神職が神様と共に食事をいただくという儀式では、普段使う箸とは異なる儀式用の御箸が使われる。神様と共に食事を頂くことにより神様と一体となることを「神人共食」と言うことは前回も投稿した通りだ。

(出典:日韓の食事作法

箸の種類

祝い事で使う祝い箸ではなく、日常で利用する箸にも、大皿から小皿に分ける時に家族で使うお取り箸と、個人が食事に用いるお手元がある。これ以外に、料理をするときに用いる菜箸がある。菜箸とお取り箸として使うケースもあるが、本来は別物だ。厳密な定義はないが、機能面とわかりやすさから取り箸はお手元よりも長いものが多い。中央をやや太くして両端を補足したものが利久箸で、一本ずつ丹念に仕上げたものがバラ利久だ。少し高級な割り箸が天削(てんそげ)で、割り箸の頭部を鋭角に削って、面取りしている。小判型断面の割り箸が元禄と小判であり、元禄は割りやすいように割目と溝がついてる。六角黄金箸は高級感と機能性に優れた六角断面の割り箸だ。


(出典(左):大月、出典(右):岩多箸店

箸のマナー

日本の箸は、短い木に漆や合成樹脂を塗った塗り箸が多い。漆を塗り重ねた箸には独特の光沢があり慶事などに用いられる。一方、割り箸では前述の天削のように木目の美しさを出すものもある。日本の箸の先が細いのは焼き魚、煮魚、お刺身などの魚料理を美味しく頂くために工夫されたものだ。単に挟むだけではなく、切ったり、ほぐしたり、あわ立てたり、多彩な利用がある。しかし、同時にしてはいけないマナーも決められている。箸と箸で食べ物をやりとりすることは遺骨を拾う動作と同じなので縁起が悪いとされる。また、お葬式ではこの世とあの世を橋渡しする意味からご飯を持った椀にお箸を垂直に立てることから、日常で箸をご飯に突き刺すこともしてはいけないと子供の頃に注意される。同様に指し箸や刺し箸、かみ箸、ねぶり箸などはマナー違反とされている。気をつけたい。

(出典:伊勢谷商店)

箸の数え方

コンビニでお弁当や食材を購入すると店員さんにお箸は何膳つけますか?と聞かれることがある。何本と聞かれることもある。日本の数え方はなかなか難しいが、厳密には下の表のように整理されている。通常は食事で使う箸なので、膳でも本でも問題はない。なお、1膳とは1ペアのことだ。割り箸で分かれていなければ1膳が1本だけど、分かれている箸なら厳密には2本で1膳だけど、そこまで気にする必要はないだろう。食事以外で使う箸とは、火葬時に用いる骨箸や、炭を入れ替える火箸などは、一組とかひと揃えと呼ぶ。火箸を使うケースは現代では少なくなったが、辛うじて茶道の席で残っている程度だろうか。なお、アイヌでは、地震が起こった際に囲炉裏の灰に火箸を刺すまじないがあった。北海道の摩周湖にはナマズではなく、巨大なアメマスがいると伝えられていている。支笏湖にも頭と尾が湖の両岸に届くほどの大きさというアメマスがいて、これが暴れて地震が起きると信じられていた。このため、地震が発生すると囲炉裏の灰に小刀や火箸を刺して、「エッケウ!エッケウ!」と唱える。「エッケウ」は腰骨のことで、アメマスの腰骨を押さえつけ、地震を鎮めると言う意味があったそうだ。

(出典:和食の旨み

まとめ

日本の箸の起源を辿ると、神事に使っていたピンセット型の折箸が原型という説がある。一方で、聖徳太子が中国(隋)の箸文化を国内で広めたという説もある。縄文時代には漆の棒が出土したという説もあり、詳細は不明だ。個人的には、神事に折箸を使うという文化が日本にはまずあって、中国の箸を参考に日本独自の利用の仕方やお作法を定めていったのではないかと想像する。箸の種類で利久の名前が出てきてびっくりした。茶人の千利休(1522年(大永2年)から1591年4月21日(天正19年2月28日)は各人をもてなす時には、いつも自ら杉の木を削って箸を作ってもてなしたことから、ホテルや料亭な土では少し高級な利久箸が使われているということを初めて知った。明日はアイヌの箸文化を紐解きたい。

以上

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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