はじめに
NHK衛星放送で、2週間に渡ってタイタニックの映画を放映した。また、これに先立ってBS世界のドキュメンタリーで「タイタニック 新たな真実」も放送していた。そこでは、タイタニック号は出航前に発生した火災を鎮火せぬまま航海を続けたのが原因とする説だった。タイタニック号沈没には疑問や疑惑が多い。100年以上前のことだけど、安全管理の教材としても貴重なコンテンツになり得る。経営大学院の授業でもタイタニック号の乗船者の性別、年齢別、チケット別の生存比率の計算をしたことを思い出す。
タイタニック号の沈没の理由
タイタニック号がなぜ沈没したかは多くの人が知っているように巨大な氷山と衝突したためだ。しかし、その氷山がグリーンランドから分離したと推定される1912年1月4日は月と太陽が一直線に並び、同時に月が1400年で最も地球に近づくというエキストリーム・スーパームーンだった。つまり、これは仮説だが、月が地球に接近し、最大になった月の引力が満潮を引き起こし、巨大な氷山が分離し、漂流して、タイタニック号の衝突したという説がある(参考1)。もし、これが本当なら興味深い。なお、1912年1月の異常接近は796年以来であり、次は2257年だという。
図1 タイタニック号と衝突した氷山の軌跡
沈没の15の要因:安全管理「なぜなぜ分析」で考える
タイタニック号の沈没の原因は一つではない。重大な事故が発生する場合には、普段なら事故に至らない軽微な要因が複数重なり、重大な事故になる。これは図1に示すようにチーズ理論と呼ばれている。タイタニック号の事故についても次のような多くの要因が指摘されている(参考2)。これらの一つもしくは複数が対処もしくは改善されていたらこれほどの大惨事にはならなかったのかもしれない。
1) 出航日が1ヶ月遅れていた。
2) 出航時間が1時間遅れていた。
3) 乗船が安全管理に使う双眼鏡を引き渡すミスがあり、裸眼で監視していた。
4) カリフォルニアン号からは氷山の危険性について警告があったが無視した。
5) 当時レーダがなく月もなく、星あかりでの目視が頼りだった。
6) 安全性を過信して安全ボートが乗員数の半分程度しか用意されていなかった。
7) 処女航海に先立って避難訓練を行う予定がキャンセルされた。
8) 乗員も乗客も不慣れなためにボートを下ろすのに時間がかかり、定員の半分で出したりした。
9) 出航の3週間前からボイラー室で火災が起きていた。
10) ホワイト・スター・ライン社長ジョセフ・ブルース・イズメイが乗船していた。
11) カルパティア号のロストロン船長がオリンピック号の救助の申し出を断っていた。
12) 氷山を警告したカリフォルニアン号はその後通信を切っていたため救難信号を受信できなかった。
13) 氷山と接触した後も高速で航海した。停止していれば沈没までの時間を稼げた。
14) 女性と子供優先と言いながら一等乗客を優先して救助した。
15) 沈没の危機があることが判明した段階で乗客・乗員に適切に伝えなかった。
図2 安全管理におけるチーズモデル
安全管理の基本「3つの対策」から考える
安全管理の基本は絶対安全と機能安全と情報公開だ。タイタニック号の沈没の事例でこの3つについて考えてみたい。
1) 絶対安全:絶対に事故が起きない仕組みができていないのに、絶対沈まないと誇大広告するなど安全を過信したのが根本的な問題だ。16区画のうちの4区画までの浸水では沈まない構造であるに過ぎない。
2) 機能安全:絶対安全を確保できない場合の対応。具体的に救命ボートの整備の不足が致命的だ。救命道具だけではマイナス2度の海では低体温症で死亡する。
3) 情報公開:本質的な絶対安全を担保できず、安全対策や安全機能を追加してもまだ残リスクがある場合には、それを関係者に公開する。今回は、沈没の可能性があることを乗客乗員全員に通知していない。
図3 タイタニック号の構造
ミルグラムの実験で確認された残忍さと悲惨さ
皆様は「ミルグラムの実験」をご存知でしょうか?善人な人でも、絶対的な権威者から絶対服従を強要されると悪魔になれるというものの実験です。いじめの問題も加害者と被害者という1対1の問題であれば比較的構造的にはシンプルだけど、そこに司令塔が加わると厄介だ。司令塔は常に絶対的な権限を持って一見正しい指示を出す。利益をだせ。時間通りに運航せよ。顧客満足を高めろ。タイタニックの製造元であるハーランド・アンド・ウルフ社は救命ボートの増設をタイタニック号を所有するホワイト・スター・ラインに訴えたが、実現しなかった。ホワイト・スター・ラインの社長ジョセフ・ブルース・イズメイは、救命ボートの増設の訴えを退けただけではなく、氷山が出現すると報告されていた航路を全速力で航行し続けるようスミス船長に強く要求したという説がある(参考3)。これだけ見るとイズメイが司令塔のように見えるが、イズメイにそんな度量はない。イズメイに対する司令塔がさらにいたのではないかと想像する。
間接法と直接法
旧帝国海軍では、船首を右に向けようとする右回頭の場合は面舵(おもかじ)、逆に左回頭は取り舵(と一りかじ)と言った。聞いたことがある人もいるだろう。英語では、右回頭をスターボード、左回頭をポートという。ただし、これには舵柄を動かす方向を示す間接法と船首が動く方向を示す直接法があり、イギリスやアメリカ、日本は間接法、フランスは直接法だった。タイタニック号の沈没事故を受けて、1929年には、「操舵手に対する命令は船首を回そうとする方向と命令舷が一致する直説法によるべきこと」が明記された。氷山に衝突して混乱した現場では誤解が生じて事態を悪化させたという側面もあったのかもしれない。
図4 間接法と直接法
コスト削減の手抜き工事説
1912年当時のエネルギーは石炭だ。大型客船を石炭を燃やしたエネルギーで運航した。しかも、ほぼ石炭の補充や燃焼の調節も人力だ。大型の機械が作動する中で作業者が労働する状態は現在では考えられないほど危険な環境だ。また、当時の船体に使われていた鋼鉄は寒冷時には脆くなる性質のものであったり、鋼鉄製のリベットが不足したため、ワンランク劣る鉄製リベットが使われた。リベットの直径も25mm未満であり、熟練工が少なく不完全に打ち方が多かったという。こんな状態では氷山に衝突した時に船底も大きく損傷したという説も否定できない。
次ページではタイタニック号にまつわる9つの疑惑に迫ります。
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