日本人の起源:Corded Ware Cultureと縄文土器文化は同根ではないのか

はじめに

Corded Ware Cultureという英語をご存知でしょうか?日本語では、縄目文(なわめもん)土器文化とある。縄文文化は英語では、Jomon Pottery Cultureという。これって、まるでJapanは日本国だけど、日本はNipponと言うのに近い気がする。昨日の投稿で世界最古のワインを醸造した土器と縄文土器の類似性を指摘したが、縄目文土器と縄目文土器も、何か深い関係があるのかもしれないと感じた。

1. 縄文土器文化(Jomon Pottery Culture)

1.1 縄文土器の年代

縄文土器とは日本列島で縄文時代に作られた土器とされている。具体的な年代は次の通りだ。
草創期:約16,000年前〜
早期 :約11,000年前〜
前期 :約7,200年前〜
中期 :約5,500年前〜
後期 :約4,700年前〜
晩期 :約3,400年前〜
下の写真は英語のWikiに掲載されていた図だ。草創期と、中期と晩期が対比されていてわかりやすい。
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(出典:参考1

1.2 タミル語

縄文土器を調べていてタミル語に興味を持った。タミル語は南インドやスリランカ、シンガポールなどで使われている言語だ。そして、日本語との類似性も多い。例えば、疑問文は日本語だと語尾に「か?」をつけるがタミル語は語尾に「アー?」をつける。また、日本語と同じようにSOVの文章構成の語順、主語をしばしば省略、擬音語・擬態語の表現が似ていたり、基本母音(a, i, u, e, o)が同じだという。また、似ている言葉も多く、カーラと言うと辛いになるらしい。さらに、サンガムという詩歌があり、これは五七五七五七……七、五七五七七、五七七の音節を持つものもある。日本の古語に多く見られるような係り結びもある。スリランカに行きたくなった(笑)。
(出典:参考2

2. 縄目文土器文化(Corded Ware Culture)

2.1 縄目文土器

縄目文土器は、紀元前6000-2200年にかけて現在のヨーロッパに広まった土器だ。写真下左を見るとこれは日本の縄文土器との類似性が非常に高いと考えるのが自然だろう。一方、写真下右の戦斧は日本にはないものだ。しかし、これって武器なのだろうか。いろいろ調べても詳しいことがよくわからない。しかし、なぜ、日本の縄文土器と非常によく似た縄目文土器が、日本の縄文晩期の時代にヨーロッパに出てくるのだろう。これはミステリーなのか。少し、ヨーロッパの歴史を古代から紐解く必要がありそうだ。
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(出典:参考3

2.2 ヤムナ文化との関係

4500年前のヤムナに移動した人の骨格のDNAを調べた結果、ドイツで発見された後期新石器時代の骨格のDNAの約75%は、ヤムナ文化の個体由来のDNAと正確に一致していたという。一般的にインドヨーロッパ語を話していたとするヤムナ人は暗い茶色で、黒髪で、肌色は白人よりもダークだという。やはりミステリーが深まる(笑)。
(出典:参考3)

3. ヨーロッパの文化の紐解き

(1) インドヨーロッパ祖語(BC7000年頃)

縄目文土器の起源については、インドヨーロッパ祖語と同様に未解決な問題とされている。インドヨーロッパ祖語とは、印欧語族の諸言語の共通の祖先と仮定した言語だ。文字が存在せず、すべて口語で語り継がれたために一切の記録がないという。また、クルガン仮説によればロシア南部で、アナトリア仮説によればアナトリアで話されていたと言いたい放題だ。ラテン語・ギリシア語・サンスクリットなどの各古典言語をはじめ、英語・フランス語・ドイツ語・ロシア語、トルコ東部からイラン、インド亜大陸、スリランカにわたるクルド語・ペルシア語・ウルドゥー語・ヒンディー語・シンハラ語などはこの印欧祖語から派生して成立したとされる。1.2のタミル語も印欧語の系列かどうかは記述がない。わからないことがまだいっぱいあるようだ。
(出典:参考4

(2) ハマンギア文化(BC6000年頃)

ハマンギア(Hamangia)文化とは、紀元前6000年の後半に始まったバルカン半島北部の中世新石器時代の文化だ。下の写真左は日本の縄文土器に類似している。写真右は縄文時代の土偶に似ていると思うのは自分だけだろうか。ハマンギア文化は、カルパチア人がこのバルカン半島で新しい文化をもたらした紀元前5000年ごろに消滅したという。そして、ハマンギア文化は黒海とドナウ河沿いのガメルニータ文化にも影響を与えたようだ。
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(出典:Hamnagia Culture、参考5

(3) 漏斗状ビーカー文化(BC5000-3000年頃)

鐘状ビーカー文化と漏斗状ビーカー文化は別物のようだ。前者は紀元前2600-1900年ごろの鐘状ビーカーと呼ばれる大口広口の土器だ。そして、後者の漏斗状ビーカーはこれより古い紀元前5000-3000年の土器で中央ヨーロッパ北部に存在していた。前者は鐘状ビーカー(Bell-beakerないしBell-shaped beaker)といい、後者は漏斗状ビーカー(TRBもしくはTBKと呼ぶ)とある。漏斗状ビーカーの写真は調査中だ。
(出典:参考6

(4) ヤムナ文化(BC3600-2200年頃)

ヤムナ(Yamna)文化は、紀元前3600-2200年頃にドナウ川とウラル山脈の間に広がった文化だ。石積みの砦はあるが、定住の跡は見つかっていないので、遊牧民と考えられている。写真左はヤムナ文化の勢力ゾーンとそこから見つかった土器だ。これも日本の縄文土器と類似性が非常に高い。ヤムナ文化は半遊牧式の牧畜の初期の文化だという。オーロックス、赤鹿、サイガ、オナガー、猪、穴熊、カワウソ、オオカミ、キツネ、野ウサギ、ビーバーを狩り、魚や陸亀を獲っていた。墓は縦坑のような穴を掘り、木や石で作った厚い天板で覆われていた。遺体は、ヤムナ体位と呼ばれる膝を立てた状態で頭は東か北東に向けられていることが多い。日本でも北枕で寝ることを避けるがこれは死者と同じなためだ。類似の風習を持っていたのだろうか。
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(出典:参考7

(5) 球状アンフォラ文化(BC3400-2800年頃)

球状アンフォラ文化(Globular Amphora culture)は紀元前3400-2800年頃に、エルベ川西岸地方からドニエプル川の中流域まで広がっていた文化だ。前述の漏斗状ビーカー文化とも重なっている。ポーランドでは、四角形の家屋や丸い基礎の半地下式の小屋が発掘されている。大半は移動の途中の臨時の住居だったようだ。写真を見る限り、ヤムナ文化の土器も球状アンフォラ文化の土器もよく似ていると感じる。
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(出典:参考8

(6) アファナシェヴォ文化(BC3500-2500年頃)

アファナシェヴォ(Afanasevo)文化は、紀元前3500-2500年頃、中央アジア北東部からシベリア南部にかけて栄えた文化だ。現在のモンゴル西部、新疆ウイグル自治区北部、カザフスタン中東部にまで広がっていた。生活様式は半遊牧的牧畜と考えられるという。墓槨は円錐形または矩形、多くは仰臥位に埋葬され、ヤムナ文化との類似点が多い。アファナシェヴォ文化の後、南シベリアではモンゴロイドを主体とするオクネフ文化が続き、さらに西方のアンドロノヴォ文化がこの地域で勢力を拡大した。
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(出典:参考9

(7) 鐘状ビーカー文化(BC2600-1900年頃)

鐘状ビーカー(Bell-beaker culture)文化とは、紀元前2600-1900年頃の土器だ。後期新石器時代から初期青銅器時代にかけて広がっていた、鐘状ビーカーと呼ばれる独特の大型広口が現在のヨーロッパの各地に広がっている。また、出土エリアによってデザインも派生していて、お洒落だ。
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(出典:参考10

(8) クルガン文化(BC2500年頃)

クルガン文化とは、印欧祖語を話してがロシア内部に存在したというクルガン仮説に基づく文化だ。クルガン仮説では、黒海の周りに広がるクルガン文化を想定している。クルガン文化は、高度に発展した文化であり、紀元前2500年前後では、西方は前述の球状アンフォラ文化、東方は、インド・イラン系の遊牧民文化を形成したと考えられている。
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(出典:参考11

(9) ウーニェチツェ文化(BC2300-1300年頃)

ウーニェチツェ(Únětice)文化は、紀元前2300-1600年頃の中央ヨーロッパの考古文化だ。プラハの郊外のウーニェチツェ地区から遺跡が発掘されたので、この名称となった。写真下の左と中は小さな出土した小さなつぼだ。写真下の右は位置だ。ウーニェチツェ文化は、西部群と東部群に別れ、西部群は墳墓文化へ、東部群はトシュチニェツ文化に発展し、さらに後になると両者は骨壺墓地文化へと発展するという。
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(出典:参考12)

まとめ

炭素14年代測定によると、日本最古の縄文土器は約1万6000~1万5000年前の土器だという。現在の欧州で出土している土器よりも古い。しかも、その外形を見るとかなり類似性も高い。縄文土器と縄目文土器を区別する必要があるのだろうか。密接な関連性があると考えるのが自然ではないか。中国語や韓国語での記述は少ない。また、インド南部やスリランカで話されているタミル語と日本語が近いというのも興味深い。今回は土器に焦点を絞って調べてみたが、日本の起源に関する研究がもっと進むことを期待したい(参考13)。

以上

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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