脳型情報処理機械論#12-2:参考図書のざっと読み。芸術と科学のシナジーは面白い。

はじめに

石津准教授による第12回脳型情報処理機械論の講義を受けた。その講義の最初に参考文献が紹介された。英語が6冊と日本語が6冊だった。まずは、日本語で理解を深めようと東京大学の総合図書館に足を運んだ。指定された図書のうちの2冊と、指定されていないけど関連しそうな図書4冊を借りて読んでみた。せっかくなので、その概要のみを紹介しておきたいと思った。

その1:美の認知神経科学の予習(前回
その2:参考図書のざっと読み(⇨ 今回)
その3:美の認知神経科学の概要(次回

なぜ脳はアートがわかるのか

著者は、「本書の中心主題は科学者とアーティストが用いている還元主義的アプローチは目的こそ互いに異なっていても、その方法は似通っている」と指摘する(p14)。なお、還元主義(Reductionism)とは、還元論とは、現象間の関連性に関するいくつかの関連した哲学的な考え方の一つで、現象は他のより単純な、あるいはより基本的な現象によって説明することができるという考え方だ。つまり、複雑なシステムをその部分の総和として解釈する知的・哲学的な立場である。そうなのだろうか。感覚皮質における皮膚表面の皮質再現領域の相対的な大きさわを表わす「体性感覚ホムンクルス」の説明があった(p73)。これは興味深い。また、個人的には縄文時代の女性の彫像と似ていると思う紀元前3万5000年頃のホーレ・フェルスのヴィーナスの写真も紹介されていた(p108)。

(著者:エリック・R・カンデル、訳:高橋洋、出版:青土社)

芸術と脳

芸術の素晴らしさは、数千年の歴史を超えても、種族・民族を超えてもその感動を共有できることと説明する。16人の専門家が分担して15章にわたり多面的に論述している。詳細は割愛するが、以前別の講師の講義で紹介されていたエーテルソンのチェックボードなども紹介されていた(p217)。人間の可聴帯域は20Hzから16kHzであり、人間の歌声の基本周波数は男性で100Hzから400Hz、女性で200Hzから1000Hzという説明があった(p286)。最近はデジタル処理で高周波数成分がカットされるが、尺八やガムランといった東洋の楽器が出す音の高周波成分は豊富でそれが音の味わいに結びついているという。編者の近藤さんは、「芸術には脳が直接的に認識する様々な要素が素材として散りばめられている。新しい芸術は自身の脳(心)の働きを分析的に捉え直す試みであった。」と結んだ(p322)。


(編:近藤寿人、出版:大阪大学出版会)

脳は美をどう感じるか

美とは何か、アートとは何かという問題をかつてロンドン大学に留学していた著者は脳科学を通じて読み解こうとする。神経生物学の権威とされるロンドン大学のセミール・ゼキ教授に師事されたという。ゼキは著書「脳は美をいかに感じるか」の中で「人の心理機構に関わる根本的な何かを理解したのであり、それが究極的には脳の神経科学的機構に依存していることは(中略)事実なのである」と述べている。何かを欲しいと思うのかなどをfMRIでの観察研究などを紹介する。その上で、著者は、美しいと感じることと、その逆に醜いと感じることをfMRIで調査し、男女でその傾向が異なっていた等、2004年に発表した結果が紹介されていた。また、芸術は右脳、言語や理論は左脳とよく言われているが、芸術はそれほど明確に右脳と左脳が区別して機能されているわけではないと言及していた(p196)。「俳句のように言語を題材とする創造的活動は左脳が優位に反応する。視覚的イメージを構成する美術やデザインでは左右の両方の脳が大切だけど、右脳がより強く反応すると説明する(P197)。黄金比と脳の関係の調査では、黄金比の画像を見せると島皮質が活動を高めるという(p229)。彫刻と脳の関係の調査では、美しいと判断される場合に、扁桃体や眼球前頭皮室内側部の活動を高める(p230)。この図書は、慶應大学の1年生向けの授業の講義内容を元にしているようだ。教材の作成に尽力されているのはよくわかった。

(著者:川畑秀明、出版:ちくま新書)

脳科学と芸術

著者は、芸術に化学を超えた素晴らしさに畏敬の念を持ってきたと述べている。本書は、脳科学によって芸術の本質をより深く理解することと、芸術を通じて脳そして人間を深く理解するという2つの狙いがある。古代ギリシャやローマ時代の古典彫刻やルネサンス時代の彫刻を見せて、その時の脳活動をfMRIで測定したという実験について紹介されていた。ここでも、黄金比を維持した彫刻では島皮質の活動が活発になったという(p79)。また、150万年前にホモ・エレクトス(直立猿人)が作成したとされるアシューリアン石器について触れ、美しい石器を作ることがコミュニティでの権威の誇示になったと指摘する。つまり、「美とは、社会の中で何が重要か、アピールしているものを見逃さないようにするための基準であり、機能であった」、「美のメカニズムが報酬系である」という点を指摘している(p83)。また、漢字の「美」は大きな羊と書く。清少納言の「枕草子(151段)」では、「なにもなにも、ちいさきものはみなうつくし」とある。小さな対象に寄せる愛情の意味が強いと指摘する。音や音楽、絵、錯覚などの様々な研究内容が紹介されていた。人間の脳機能には局在説と全体説があり、最近は両者が相互に補完する方向だという。右脳と左脳の問題も単純ではない。認知行動神経学者でハーバード大学医学部のアルバート・マーク・ガラブルダ(1948年7月20日サンチアゴ生)とも深夜まで議論したが、側性の根拠と実態はまだまだ分からないことが多いそうだ(p379)。情動は生存に必要な指標という。食の快楽は生きるための報酬だし、性の快楽も子孫を残すための報酬だ。これらの報酬系は、古い皮質や扁桃体、海馬(hyppocampus)などを加えて大脳周縁系が主たる働きを担っているという(p381)。コンピュータは電子によって情報を伝える。1秒間に3万kmの速度だけど、神経は膜電位の伝搬だ。有髄神経の場合でも1秒間に100m程度と極めて遅い。そのかわりに、大量の神経間接続(シナプス)を造ることで並列分散処理を実現している。視覚の場合にも線分や動きや色に分解して脳の別々の部位に並列処理された後に、再度要素が統合されて意識に現れる。このため、多くの脳内処理は無意識下での処理だ。しかし、芸術ではこの無意識下の過程が重要という。例えば、ピカソのモデルに実際にあった人は、抽象的に描かれた人物像とそっくりと感じるという(p383)。面白い。


(著者:小泉英明、出版:工作舎)

つながる脳科学

本書のテーマはつながりだと、1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞した理科学研究所の利根川進センター長が述べている。脳科学はあらゆる学問とのつながりが欠かせないし、脳の各部の細胞同士のつながりも明らかになりつつある。目次を見ると確かにつながり尽くしだった。記憶をつなげる脳、、脳と時空間のつながり、ニューロンをつなぐ情報伝達、外界とつながる脳、数理モデルでつなげる脳の仕組みなどなど。脳研究をつなげる最新研究では、光でニューロンを操作する「オプトジェネティクス(光遺伝学)」や「光と生命の相互作用」を紹介している。光を持ちた技術に期待が集まる。最後に「輸送反応」について説明があった。これは、泣き続ける赤ちゃんも抱っこして、移動すると泣き止むという現象だ。人間に限らず多くの生物で確認できる。つまり、敵が近づいてきて、退避する時に静かにしていた赤ちゃんが生き残り、泣き続けた赤ちゃんは敵の餌食になったのだろう。脳と社会をつなげるでは、オーストリアの動物行動学者コンラート・ツァハリアス・ローレンツ(Konrad Zacharias Lorenz, 1903年11月から1989年2月)は、異なる国や宗教の対立が、人間の動物としての社会性のあり方から説明できるのではないかと考えたと紹介されている(p331)。これは神経犯罪学にもつながっている。

[理化学研究所脳科学総合研究センター]のつながる脳科学 「心のしくみ」に迫る脳研究の最前線 (ブルーバックス)
(編:理化学研究所、出版:ブルーバックス)

最新脳科学でわかった五感の驚異

著者は、人間の脳の活動には意識寄りの脳と無意識寄りの脳があり、前者より後者がずっと興味深いことに取り組んでいると指摘する。「無意識寄りの脳は人間業とは思えないような方法で、視覚、聴覚、臭覚からおびただしい量の情報を取り入れている。」と指摘する(p4)。成長と再編成を通じて変化する脳内の神経ネットワークの能力である神経可塑性についても言及し、脳はどの感覚器からの情報かにあまり頓着せず、複数の情報を多感覚情報として受け入れ、敏感に反応する。最近の技術の進歩により、fMRIやEP(誘発電位)、脳磁図、TMS(系頭蓋磁気刺激)などで知覚能力について重要なことがわかってきたと解説する(p6)。詳細は割愛するが、興味深い記載が万歳だ。例えば、盲人は遠くのものでも肌で感じ取っている(p24)。一瞬先を聞き取っている(p62)。鼻の穴が2つあるわけ(p101)。匂いで不安を察知している(p134)。場景を感じ取れる舌(p202)。自分の表情が自分の感情に影響を及ぼしている(p274)。だれでもある種の共感覚が備わっているなどだ。共感覚については以前投稿したのを参照願いたい。

(著者:ローレンス・D・ローゼンブラム、訳:齊藤慎子、出版:講談社)

まとめ

色々読んで感じることは、脳科学と芸術は学部的にも学問的にも全く異なる分野と思っていたけど、両者を連携することで新しい知見がそれぞれに得られたり、共通する点を再認識できたことだ。特に、印象的だったのは、人間の脳は並列分散処理システムであり、並列して処理している過程は無意識下での処理となる。最終的なアウトプットを認識するときには、意識下になるけど、無意識での処理の過程に実は感動する要素があるのかもしれないという点だ。また、なぜ鼻に穴が2つあるのかなんて考えてもみたことがなかったけど、五感を研ぎ澄ますことの必要性だ。つい、何事もスマホやパソコンの画面で判断しがちな昨今であるけど、やはり大自然のなかで様々なことを感じながら過ごす時間は貴重だ。もっと言えば、人間の脳のポテンシャルはまだまだ高い。アンテナの感度と志や目標を高くすることで人生の質が変わると思った。次回は講義の内容に戻る。

以上

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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