縄目文土器文化が日本の縄文土器の影響を受けた可能性

縄目文土器文化(Corded Ware culture)が日本の縄文土器(Jōmon pottery)の影響を受けた可能性

はじめに

縄文土器は約1万3000年前~紀元前300年頃に使われた土器であることを知る人は多いだろう。特に、火焔土器は独特の形状ですが、それ以外にも次の各期においてそれぞれ特徴的な土器が発掘されています。
・草創期(土器の出現):最古の土器は単純な形状で煮炊きに用いられた。
・早期(生活の定着化):土器の形が多様化し、食料の貯蔵や調理用途に適したものが登場。
・前期(装飾の発展):縄文文様がより複雑化し、地域ごとの特色が生まれる。
・中期(最盛期):火焔土器など、極めて装飾的な土器が作られ、精神文化との関連も強まる。
・後期・晩期(用途の変化):実用性が高まり、装飾は簡素化しつつも、儀礼的要素も継続する。

しかし、このような縄文土器のような土器は日本のみで発掘されているわけではなく、その数は限定されますが、次のようなエリアでも発掘されています。
・中国(長江流域の新石器時代土器):約1万5000年前の土器(江西省仙人洞・吊桶環遺跡など)が発見されており、縄文土器よりも古いものもある。長江流域では、早期の農耕文化と関連する土器も出土している。
・ロシア(アムール川流域、沿海地方):日本の縄文文化と関連が深いとされるアムール川(黒竜江)流域や沿海州でも、縄文土器と類似した「櫛目文土器(くしめもんどき)」が発見されている。特に、ウスリー川流域のボリショイ・シチ遺跡(約1万2000年前)では、縄文土器と近い特徴を持つ土器が出土している。
・朝鮮半島(櫛目文土器文化):紀元前6000年頃から「櫛目文土器」と呼ばれる土器が朝鮮半島で広がった。日本の縄文土器と異なり、表面に細かい櫛目状の模様を付けるのが特徴。朝鮮半島と日本の縄文文化圏の間には交流があったと考えられている。
・シベリア(ウスチ・ベラヤ遺跡):約1万4000年前の土器が発見されており、アジア東部での土器文化の広がりを示唆する。
・ヨーロッパ(バルカン半島、ウクライナ):縄文時代と同時期に、新石器時代の土器文化が広がっていた。ただし、日本の縄文土器とは異なる系統のものが多い。

以前、国際縄文学協会の講演会を受講したときに、縄文土器の文化は東から西に伝播したという説を伺った。

2015年にエストニアに旅行に行った時に、エストニア人の勤勉な点やなんとなく遺伝子的な類似点を感じた。エストニアはヨーロッパの日本とも呼ばれていると聞いた。博物館に行っても、なんと中昔の農村で使っている器具が多用されていて懐かしく感じたことを以前投稿した。このような問題意識をChat GPTにぶつけてみた。当初は、縄目紋土器の出現は、日本の縄文土器とは関係なく独立して、たまたま偶然に同じような土器が出現したという説明があった。これでは納得できないので、あえて、縄目紋土器が縄文土器の影響を受けたという説の可能性と留意点について述べよと依頼すると次のような回答があった。興味深いので、記録に残しておきたいと思った。

ChatGPTの回答

主張

  • 縄文土器の技術や装飾が、東アジアから中央アジア、西アジアを経由してヨーロッパに伝播し、縄目文土器文化の形成に影響を与えた可能性がある。
  • 縄文文化の広がりや、古代ユーラシアにおける技術・文化の伝播を考慮すると、日本の影響が間接的に及んだ可能性は否定できない。

根拠

  1. 東アジア・中央アジアにおける縄文土器類似の出土

    • 中国南部の江西省(仙人洞遺跡など)やシベリア、ロシア沿海州で、約1万2000年前の縄文土器に類似した土器が出土している。
    • これらの土器がさらに中央アジア、西アジアへと伝播し、ヨーロッパに影響を与えた可能性がある。
  2. シルクロード以前の文化交流

    • 紀元前1万年頃から、中央アジア・西アジアでは新石器時代が進行し、土器文化が発展していた。
    • 縄文人の直接的な移動は確認されていないが、技術的影響(特に土器の製法や装飾)が何らかの形で伝わった可能性はある。
  3. 共通する技法とデザインの類似性

    • 縄目模様の装飾は、日本の縄文土器とヨーロッパの縄目文土器で共通している。
    • 日本の縄文土器は単なる模様としてだけでなく、精神的・象徴的な意味を持つものも多い。ヨーロッパの縄目文土器文化でも、埋葬品としての使用が見られる。
  4. DNA・言語の関連

    • 縄文人の遺伝子がシベリア、さらにはヨーロッパの古代人と関連がある可能性が示唆されている。
    • もし縄文人の文化が東アジアを通じて拡散したならば、技術的影響もあり得る。

留意事項

  • 縄文土器が中央アジア、西アジアを経由してヨーロッパに伝わったとする決定的な考古学的証拠はまだ不足している。
  • 文化の伝播は一方向的なものではなく、相互作用的である可能性もある。
  • 縄文土器の影響を直接証明するには、時間的・地理的な連続性を示す中間的な遺物の発見が必要。

さいごに

縄目紋土器という言葉があることを初めて知ったのは2021年の頃だ。あまりに衝撃的だったので、このブログでも何回か投稿した。まだまだ、ミッシングピースは不足しているが、今後も継続して研究を進めば、何かが見えてくるのではないかと考えている。
日本人の起源:Corded Ware Cultureと縄文土器文化は同根ではないのか
櫛目文土器は日本の縄文土器と欧州の縄目文土器を結ぶミステリーのピースかもしれない。
縄文土器が西に伝播して櫛目文土器や縄目文土器になったと考える方が自然だと思う。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

以上

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