はじめに
これまで応急仮設住宅の状況について量的側面と質的側面について、2回にわたって調べたことをブログに掲載しました。今回は、それらを踏まえて、課題を抽出したいと思いました。
災害時には様々な問題が生じます。それらを全て列挙することを目指した訳ではないです。これらの問題のうち緊急に解決すべきこと、中長期的に解決が強く求められること、そのような課題に焦点を絞りました。
また、タイムスパン(直後か、1週間経過時か、1ヶ月経過時か、半年経過時か)によっても課題は異なると思います。目線で主に被災者からの目線を重視しました。一方で、行政や自治体、NPO、一般民間団体など関係者の目線にも配慮したつもりです。
今回、分析した課題をもとに、次回は対応策を検討したいと考えています。
1. 住宅があれば、それで安心なのか
大規模災害が発生すると、私たちはまず被害の大きさに目を向けます。何人が亡くなったのか。何棟の住宅が壊れたのか。何人が避難生活を送っているのか。そして、仮設住宅が何戸必要なのか。これらの数字は、災害対策を考えるうえで欠かせません。しかし、数字だけでは見えてこないものがあります。それは、被災した人たちの気持ちです。
自宅が壊れても、住み慣れた地域を離れたくない人がいます。避難所に入れるのに、車の中で寝泊まりする人もいます。困っていても、周囲に迷惑をかけたくないと我慢する人もいます。なぜ、そのような選択をするのでしょうか。これまでの第1弾では、九州7県の過去の災害と今後30年間の応急仮設住宅需要を分析しました。第2弾では、住宅供給までの時間と、その間に生じる課題を取り上げました。
今回の第3弾では、視点を住宅から人間へ移します。災害から助かった命が、その後の避難生活や生活再建の過程で失われることを、どう考えるべきなのでしょうか。
2. 災害が終わっても、被災者の苦しみは終わらない
2024年の能登半島地震では、2026年8月末時点で災害関連死が527人に達したと報告されています。直接死228人の2倍を超える数字です。災害関連死とは、建物の倒壊などによる直接的な死亡ではなく、避難生活での体調悪化など、災害に関連した事情によって亡くなることです。阪神・淡路大震災から約30年。避難所の環境や仮設住宅の設備、生活再建の支援制度は改善されてきました。それでも、なぜ多くの人が亡くなるのでしょうか。
内閣府が公表した能登半島地震の災害関連死事例集には、避難場所の移動、転院、断水、停電、持病の悪化などが記録されています。重要なのは、災害の危険から逃れることと、その後も健康に暮らし続けられることは別の問題だという点です。災害対応は、救助が終われば完了するわけではありません。
3. 被災者の気持ちは、時間とともにどう変わるのか
災害心理学では、発災直後の混乱から、助け合いの時期、疲労や失望の時期、生活再建へと向かう過程が説明されることがあります。しかし、実際の心理はそれほど単純ではありません。発災直後には、余震への恐怖や家族の安否への不安が大きいでしょう。避難生活が始まると、食事、トイレ、睡眠、プライバシーなど、日常生活の問題が現れます。さらに時間が経過すると、住宅再建の費用、仕事、家族の将来、地域とのつながりなど、新たな不安が生じます。仮設住宅に入居できたとしても、それで安心できるとは限りません。むしろ、住み慣れた場所を離れたことで孤独を感じたり、いつまで仮設住宅に住めるのかという不安が強まったりする場合があります。被災者の心理は、時間だけでなく、住まいと人間関係の変化によっても大きく左右されるのです。
4. 「大丈夫です」という言葉の裏側
日本人には、周囲への気遣いや遠慮という心理があります。災害時にも、それが表れることがあります。能登半島地震の災害関連死事例集には、トイレに行く負担から飲食を控えた人や、周囲への気兼ねから携帯酸素の使用を控えた人の事例が記録されています。もちろん、これらは個別の事例であり、すべての被災者に当てはまるわけではありません。しかし、考えさせられる事実です。避難所で「大丈夫です」と答えた人が、本当に困っていないとは限りません。
ここで、もう一つ区別すべきことがあります。それは、遠慮して支援を求めないことと、支援制度を知らないために申し込めないことは違うという点です。仮設住宅を希望しない人についても、住宅が必要ないのか、地域を離れたくないのか、制度が十分に伝わっていないのかを区別する必要があります。行政が把握した申込件数と、被災者が実際に必要としている住宅支援の間には、食い違いが生じる可能性があります。私は、これを「見えていない住宅需要」と呼びたいと思います。ただし、その規模や発生要因を数量的に示すには、さらなる調査が必要です。
5. 熊本地震で、なぜ多くの人が車中泊を選んだのか
2016年の熊本地震では、多くの被災者が車中泊を経験しました。熊本県民アンケートを引用した川崎市の資料によれば、自宅外に避難した回答者の68.3%が車中泊を経験しています。車中泊を選んだ理由として、79.1%が余震への恐怖に関連する安全上の理由を挙げ、35.1%がプライバシーの問題を挙げています。この数字は興味深いものです。車中泊という行動を、単に避難所を嫌った結果と考えることはできません。余震が怖い。家族だけで過ごしたい。周囲に気を遣いたくない。それぞれの事情が重なっていた可能性があります。
また、九州の地方部では、自動車が日常生活に欠かせない地域も少なくありません。一世帯に複数台の車がある家庭もあります。軽ワンボックス車なら、後部座席を倒して一人、あるいは二人が横になれる場合もあります。軽キャンピングカーのように、日常の移動と短期間の避難生活を兼ねられる車もあります。こうした車社会の特徴が避難行動に影響したのではないか、という仮説も考えられます。
ただし、今回の調査だけでは、車の保有台数や車種と避難行動の関係までは確認できていません。一方、車中泊にはエコノミークラス症候群や暑さ寒さ、トイレ、燃料確保などの課題があります。ガソリン車なら燃料供給、EVなら充電環境が必要です。太陽光発電設備があっても、停電時にその電気を利用できる設備や仕組みがなければ、避難生活には役立てられません。つまり、車があることと、車で安全に避難生活を続けられることは別なのです。そして、車を持たない高齢者や障害のある人には、そもそも同じ選択肢がありません。
6. 仮設住宅に入れても、失われるものがある
仮設住宅は、住まいを失った被災者にとって重要な生活基盤です。しかし、住宅を提供することによって、新たな問題が生まれる場合もあります。阪神・淡路大震災では、高齢者や障害者を優先する抽選入居などによって、従来の地域コミュニティが分断される問題が生じました。内閣府の教訓資料によると、1998年10月までに仮設住宅で224人の孤独死が記録されています。その後の新潟県中越地震では、集落単位での入居や集会所の設置など、地域のつながりを維持する工夫が行われました。また、東日本大震災以降は、民間賃貸住宅を借り上げる「みなし仮設」が広く利用されるようになりました。早期に住宅を確保できる利点がある一方、被災者が広い地域に分散し、見守りや情報提供が難しくなるという課題もあります。住宅としての条件が整っていても、そこに暮らす人が孤立してしまう。
住まいを確保することと、暮らしを取り戻すことは同じではないのです。
7. 見落としてはいけない「移される負担」
今回の調査で、私が特に注目したいのは、被災者が何度も住まいを移ることによる負担です。避難所から二次避難先へ。二次避難先から仮設住宅へ。仮設住宅から災害公営住宅や再建した自宅へ。そのたびに生活環境が変わります。医療機関や介護施設にいた高齢者であれば、転院や転所によって、医療や介護を受ける環境まで変わることがあります。能登半島地震の災害関連死事例集にも、こうした移動が繰り返し記録されています。
ただし、移動そのものが死亡の原因だったと一律に判断することはできません。それでも、住宅支援を考えるうえで、重要な問いが浮かび上がります。仮設住宅を何戸建設したかだけでなく、被災者が何回、どれほど遠くまで移動しなければならなかったのか。これまでの住宅供給の評価には、こうした視点も必要なのではないでしょうか。
8. 行政が見ている被災者と、実際の被災者
行政は、避難所の利用者数、住宅被害の認定件数、仮設住宅の申込件数などを基に支援を進めます。これは当然必要なことです。しかし、避難所に来ない人、車中泊をしている人、親戚宅に身を寄せている人、支援制度を知らない人は、把握が難しくなることがあります。熊本県も、2016年の地震について、車中泊避難者の実態把握が困難で、物資や情報の提供が十分でなかったことを課題として挙げています。また、支援を受ける側だけでなく、支援する側に回った被災者にも目を向ける必要があります。避難所の運営や地域の世話を引き受け、無理を重ねてしまう人もいます。被災者は、単に支援される存在ではありません。
自ら判断し、行動し、他者を支える存在でもあります。だからこそ、その人たちが何を必要とし、何を我慢し、どのような負担を抱えているのかを理解することが重要です。
9. まとめ――住宅の数から、人間の暮らしへ
今回の調査から、私は三つの重要な課題を感じました。
第一に、被災者の行動だけでは、本当の住宅需要を把握できないことです。避難所を利用しないこと、仮設住宅を申し込まないことには、それぞれ異なる事情があるかもしれません。
第二に、住まいの移動そのものが、被災者の大きな負担になり得ることです。仮設住宅の完成までの期間だけでなく、何度も住まいを移り、人間関係や生活環境を作り直さなければならない負担も考える必要があります。
第三に、住宅を供給するだけでは、生活再建は完結しないことです。住まいには、家族、地域、仕事、医療、福祉、人間関係が結びついています。
それらを切り離して住宅だけを提供しても、被災者の不安や孤立が解消されるとは限りません。第1弾では住宅の必要戸数を、第2弾では供給までの時間を考えました。そして今回の第3弾で見えてきたのは、住宅の数や完成時期だけでは測れない、人間の暮らしの問題です。災害対策の本当の目的は、仮設住宅を完成させることではありません。災害から助かった人たちが、その後も健康に、尊厳を保ちながら、自分らしい生活を取り戻せることです。その視点から、次回以降は具体的な住宅確保の方法と、その実現に向けた課題を考えていきたいと思います。
主な参考資料・出典リンク
【災害関連死・被災者の心理】
- 内閣府(2026年)『令和6年能登半島地震 災害関連死事例集』【S1】
PDF原文 - 復興庁(2012年)『東日本大震災における震災関連死に関する報告』【S2】
PDF資料(URLの再確認が必要) - 長野県(2015年)『災害時のこころのケア2015』【S33】
原典URL未確認 - 早稲田大学(2017年)広域避難者の心の支援に関する報告【S34】
正式資料名・URL未確認 - 厚生労働省(2024年)厚生労働大臣記者会見【S38】
該当会見のURL未確認
【応急仮設住宅・生活再建】
- 内閣府『阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】仮設住宅の生活と支援』【S3】
資料本文 - 復興庁(2021年)『復興の教訓・ノウハウ集 28)賃貸型応急住宅の確保』【S10】
資料本文 - 建築研究所(2014年)『平成25年度年報』【S11】
原典URL未確認 - 内閣府(2021年)『令和3年版防災白書』【S12】
該当箇所のURL未確認 - 石川県土木部(2025年)『令和6年能登半島地震・奥能登豪雨 応急仮設住宅の建設について』【S9】
石川県・応急仮設住宅整備状況(関連公式資料) - 内閣府(2023年)『災害ケースマネジメント実施の手引き』【S27】
手引き全文・章別PDF
【熊本地震・車中泊・避難行動】
- 熊本県(2023年)『平成28年熊本地震における車中泊の状況について』【S4】
PDF原文 - 川崎市(2017年)『大規模地震における車中泊による避難者への対応について』【S5】
原典URL未確認 - 総務省(2021年)『令和3年版情報通信白書』【S13】
該当箇所のURL未確認 - 熊本県立大学(2017年)熊本地震における避難所運営の主体に関する研究【S50】
正式資料名・URL未確認
【地域コミュニティ・孤立・支援の課題】
- 柄谷友香『陸前高田市における自主防災組織による避難所運営の実態と課題』【S35】
原典URL未確認 - 東洋大学『中越大震災の応急仮設住宅団地』に関する研究【S39】
正式資料名・URL未確認 - レスキューストックヤード(2024年)『避難所の課題〜穴水町の事例より〜』【S17】
原典URL未確認 - 内閣府(2024年)『首都直下地震における復旧・復興対策(資料2)』【S15】
原典URL未確認 - 内閣府(2009年)室﨑益輝『過去の災害に学ぶ 関東大震災その4』【S48】
資料本文
※リンク先を確認できた資料には直接リンクを設定しました。関連公式資料へのリンクは原典とは区別しています。未確認資料については、誤ったURLを掲載しないため保留しています。