はじめに
レンタカーを返却するとき、「近くのガソリンスタンドはどこだろう」と探した経験のある人は多いだろう。ところがEVレンタカーでは、「満充電返し不要」というサービスが登場している。利用者にとっては便利だが、視点を事業者側に移すと、返却されたEVをいつ、どの程度まで充電し、次の利用者に貸し出すのかという新たな課題が生まれる。
そこで考えたのが、GPSによる位置情報とOn-Board Diagnostics II(以下OBD-II)から得られる車両情報を組み合わせる方法である。車両がどこにいるかだけでなく、燃料や充電残量、走行距離などが分かれば、レンタカーの運用はもっと効率化できるのではないか。さらに、その情報を利用者にも還元すれば、新しいサービスにもつながる。本稿では、EVをきっかけに、OBD-II+GPSがレンタカーをどう変える可能性があるのかを考えてみたい。
第1章 レンタカー業界が抱える課題
車両が戻ってくるまで「見えない」
レンタカーは、必要なときに必要な時間だけ車を利用できる便利なサービスである。しかし、その利便性を支える事業者側では、限られた車両を効率よく稼働させるために、さまざまな課題を抱えている。事業者にとって大きな課題の一つは、貸出中の車両の状況を十分に把握しにくいことである。車両が現在どこにいるのか、予定どおりの時刻に返却されるのか、どの程度走行し、どのような状態で戻ってくるのか。返却後には清掃や点検、給油などを行い、次の利用者への貸出準備を整えなければならない。次の予約までの時間が短ければ、こうした作業を迅速に行う必要があり、返却前から車両の状態を把握できることには大きな意味がある。
「満タン返し」という利用者の負担
一方、利用者側にも負担がある。ガソリン車では、返却前にガソリンスタンドを探して満タンにする「満タン返し」が一般的である。旅行先など土地勘のない場所では、返却時間を気にしながら給油場所を探すことが意外なストレスになる。
EVでは「充電時間」が新たな課題に
さらにEVの普及によって、「充電」という新しい課題も生まれている。利用者には充電場所や航続距離、電欠への不安があり、事業者には返却時の充電残量(SOC:State of Charge)がどの程度になるのか、次の貸出までに必要な充電時間を確保できるのかという問題がある。
「車両の状態が分かる」ことから考えてみる
事業者と利用者の双方が必要な情報を、もっと早く、正確に知ることができれば、これらの負担を減らせるのではないだろうか。そこで注目したいのが、GPSとOBD-IIから得られる車両データの活用である。次章では、この二つを組み合わせることで、レンタカーの運用や利用体験をどのように変えられるのかを考えてみたい。
第2章 対応策としての「OBD-II+GPS」
2-1 GPSで「どこにいるか」を知る
レンタカーの運用を効率化する第一歩は、貸出中の車両が「今どこにいるか」を把握することである。GPSを利用すれば、車両の現在位置だけでなく、移動履歴や走行ルート、停車状況なども確認できる。特に重要なのは返却前である。返却予定時刻だけでは、車両が本当に予定どおり戻ってくるかは分からない。しかし現在位置と返却店舗までの距離が分かれば、「あと30分程度で戻りそうだ」といった予測が可能になる。返却後の清掃や点検、次の貸出準備にも活用できる。
2-2 OBD-IIで「車両の状態」を知る
GPSが「どこにいるか」を知る技術だとすれば、OBD-IIは「車がどのような状態にあるか」を知るための入口になる。OBD-II(On-Board Diagnostics II)は、もともと自動車の故障診断を目的として普及した仕組みである。対応端末を車両のOBD-IIコネクタに接続することで、車速、走行距離、バッテリー電圧、燃料に関する情報、故障診断コードなど、さまざまな車両情報を取得できる可能性がある。EVやPHEVでは、充電残量を示すSOC(State of Charge)や、バッテリーの劣化状態を示すSOH(State of Health)も重要な情報となる。ただし、取得可能なデータは車種やメーカーによって異なるため、実車での確認が必要である。
2-3 予約情報を加えて「未来」を予測する
さらに面白いのは、GPSとOBD-IIの情報にレンタカー事業者が持つ予約情報を組み合わせることである。例えば、「17時返却予定」「現在地は店舗から40km」「現在のSOCは35%」という情報があれば、返却時刻だけでなく、返却時のSOCを予測することも考えられる。そこに次の予約時刻を加えれば、「返却後すぐに充電が必要」「次の貸出まで3時間あるので普通充電で対応できる」といった判断も可能になる。単に現在の状態を見るだけでなく、次に何をすべきかを予測するのである。
2-4 データを利用者にも還元する
こうした情報は、事業者だけが使う必要はない。スマートフォンアプリなどを通じて利用者にも還元できる。利用者が目的地や経由地、返却店舗を入力すれば、走行距離や現在の燃料・SOCなどから、「このままなら充電せず返却できます」「途中で20分程度の充電を推奨します」といった案内も考えられる。さらに、急加速や急減速、燃費・電費などから「エコドライブポイント」を算出し、返却後に利用者へ提供することもできるだろう。つまり、GPSが位置を、OBD-IIが車両状態を、予約情報が未来の予定を提供する。この三つを組み合わせることで、単なる車両管理から一歩進んだ、新しいレンタカーサービスの可能性が見えてくる。
第3章 「OBD-II+GPS」活用のメリット・デメリット
3-1 メリット1:最大のメリットは「返却される前に分かる」こと
OBD-IIとGPSを組み合わせる最大のメリットは、車両が店舗に戻ってくる前から、その位置と状態を把握できることである。GPSから現在位置や走行履歴を取得し、OBD-IIから燃料残量やSOC、走行距離などを取得できれば、「何時ごろ、どのような状態で車両が戻ってくるのか」を予測できる。特にEVでは、返却時のSOCを予測できれば、充電器の割り当てや次の貸出までの充電計画を事前に立てやすい。限られた車両と充電設備を効率よく利用することは、車両の稼働率向上にもつながる。
3-2 メリット2:利用者にとっても「面倒」を減らせる
メリットは事業者側だけではない。利用者に情報を還元することで、レンタカー利用時の負担を減らすこともできる。例えば、現在の燃料残量やSOC、目的地、返却店舗までの距離から、給油や充電が必要かをスマートフォンに案内する。「このまま返却可能です」と分かれば、不要な給油・充電を探す必要がない。反対に不足が予測される場合は、走行ルート上の給油所や充電スポットを案内することも考えられる。また、燃費や電費、急加速・急減速などを利用してエコドライブポイントを算出し、次回割引などの特典につなげれば、車両データを「監視」ではなく「利用者へのサービス」に変えることもできる。
3-3 メリット3:後付けしやすいことも大きな利点
OBD-II端末の特徴は、対応車両であれば専用コネクタに接続して利用できることである。自動車そのものを大幅に改造する必要がなく、既存車両にも後付けしやすい。また、EVだけを対象にする必要もない。ガソリン車では燃料や走行情報、HVではエンジンと電動系、PHEVやEVではSOCなど、車両の種類に応じて利用できる情報を選択すればよい。多様な車種を保有するレンタカー事業者にとって、この柔軟性は重要である。
3-4 デメリット:「OBD-IIなら何でも取れる」わけではない
一方、最大のデメリットもここにある。OBD-IIコネクタが装備されていても、すべての車種から同じデータを取得できるとは限らない。車速など比較的標準化された情報がある一方、SOCやSOH、燃料残量などはメーカーや車種によって取得方法が異なる場合がある。端末を接続すれば必要な情報がすべて取得できる、と考えるのは危険である。さらに、位置情報や走行情報を取得する以上、利用者への説明やプライバシーへの配慮も欠かせない。
したがって、OBD-II+GPSは非常に可能性のある仕組みだが、「技術的に取得できる情報」と「事業として利用すべき情報」を分けて考える必要がある。そのためには、実際の車両を使った検証が次の重要なステップとなる。
第4章 残された課題とその解決方法
OBD-IIとGPSを組み合わせれば、レンタカーの車両管理や利用者サービスを大きく変えられる可能性がある。しかし、実際のサービスとして導入するには、技術面だけでなく、利用者への価値提供や事業者との役割分担についても検証する必要がある。最初から完成形を目指すのではなく、小規模な実証から始め、段階的に課題を解決していく方法が現実的だろう。
4-1 まずPoCで「何が取れるか」を確認する
最初に必要なのは、PoC(Proof of Concept:概念実証)である。例えば5~10台程度の車両にOBD-II対応GPS端末を取り付け、ガソリン車、HV、PHEV、EVなど車種を変えてデータを取得する。確認すべきなのは、GPSによる位置情報に加え、車速、走行距離、燃料残量、バッテリー電圧、SOC、SOH、故障診断コードなどである。重要なのは「一度取得できた」ことではなく、走行中も含めて安定して継続取得できるかである。その結果を車種別の対応表として整理すれば、本格導入する際の基礎資料になる。また、返却予定時刻や返却店舗の情報を加え、返却時刻や返却時SOCの予測精度についても検証したい。
4-2 「監視」ではなく利用者のメリットを設計する
位置や運転データを取得する以上、利用者に「監視されている」と感じさせない配慮も重要である。そのためには、取得した情報を事業者の管理だけに使うのではなく、利用者にもメリットとして還元する発想が必要になる。例えば、スマートフォンアプリで「現在のSOCなら充電せずに返却できます」「この先の経由地で20分充電すると安心です」と案内する。さらに燃費・電費、急加速・急減速などから「エコドライブポイント」を算出し、次回利用時の特典につなげることも考えられる。データを管理のためだけに集めるのではなく、利用者自身にも役立つ情報へ変換することが、サービスとして受け入れられるためのポイントになる。
4-3 システム連携では責任分界を明確にする
もう一つ重要なのが、GPS・OBD-IIサービス提供者とレンタカー事業者の役割分担である。GPS・OBD-II側は、車両から必要なデータを取得し、通信回線を通じてサーバーに蓄積し、利用可能な形に整理してAPIで提供する。ここまでを基本的な責任範囲とする。
一方、そのAPIをどのように利用するかはレンタカー事業者側が決める。自社の予約情報と組み合わせるのか、スマートフォンアプリに表示するのか、エコドライブポイントを付与するのか。それぞれのサービス戦略に合わせて設計すればよい。
つまり、端末メーカーがレンタカー業務全体を作り込む必要はない。「車両データを正確かつ安定してAPIで提供する側」と「そのデータから顧客サービスを作る側」を明確に分ける。この分業こそが、さまざまなレンタカー事業者へ展開できる仕組みにするための重要な条件になるだろう。
第5章 EVだけではない、すべてのレンタカーへ
EVの充電問題から始まった発想
ここまでの議論は、EVレンタカーの「充電」をきっかけに始まった。EVでは返却時のSOCが分かれば、次の貸出までに充電が必要なのか、どの程度の充電時間を確保すべきなのかを事前に判断できる。この点では、OBD-IIとGPSの組み合わせはEVとの相性が非常に良い。しかし、考えてみれば、この仕組みをEVだけに限定する必要はない。
ガソリン車、HV、PHEVにも応用できる
ガソリン車であれば、GPSによる位置情報に燃料残量や走行距離などを組み合わせることで、返却時の燃料残量を予測できる。利用者に「このまま返却すると給油が必要です」と知らせたり、走行ルート上のガソリンスタンドを案内したりすることも考えられる。HVでは燃料情報、PHEVでは燃料とSOCの双方を活用できる。車種によって取得できるデータは異なるものの、「位置+車両状態」という基本的な考え方は共通している。
車種を超えた共通のデータ基盤へ
さらに、走行距離、車速、バッテリー電圧、故障診断情報、急加速・急減速などは、動力方式にかかわらず車両管理やエコドライブ評価に利用できる可能性がある。つまり、EVの充電管理は一つの入口にすぎない。目指すべきなのはEV専用システムではなく、ガソリン車、HV、PHEV、EVを横断して利用できるレンタカーの車両データ基盤である。EV化をきっかけとして、レンタカー全体の運用をデータで改善する。そのように考えると、OBD-II+GPSの可能性はさらに大きく広がってくる。
第6章 将来展望――デジタコ市場などへの展開可能性
レンタカーで蓄積した技術を次の市場へ
OBD-II+GPSによって取得できる位置、車速、走行距離、走行時間などの情報は、レンタカーだけでなく、社用車、営業車、配送車など幅広い車両管理に応用できる。特に、多数の車両を保有する事業者にとって、「どこを、いつ、どのように走ったか」を遠隔で把握できることには大きな価値がある。
デジタコとの共通点と違い
こうした機能は、トラックやバスなどで利用されるデジタルタコグラフ(デジタコ)とも重なる。デジタコも走行時間、速度、距離などを記録し、安全運転や運行管理に活用する仕組みだからである。ただし、OBD-II+GPS端末が同様のデータを取得できるからといって、そのまま法令上のデジタコとして利用できるわけではない。法定の運行記録計として利用するには、必要な技術基準や記録・保存などの要件を満たす必要がある。
段階的に市場を広げる
そこで、まずは法定デジタコを必要としないレンタカーや一般の社用車などで実績を蓄積する。その過程でデータの精度や安定性を高め、将来的には必要な要件への対応を検討する。レンタカー向け車両管理から始まり、フリート管理、さらに運行管理へ。段階的に機能を発展させることで、OBD-II+GPSの活用市場はさらに広がる可能性がある。
まとめ GPS端末から「車両データ基盤」へ
今回の考察は、EVレンタカーの「満充電返し不要」という仕組みへの興味から始まった。利用者にとっては便利だが、事業者には返却後の充電という新たな仕事が生まれる。そこで、返却前に車両の位置とSOCが分かれば、充電や次の貸出をより効率的に計画できるのではないかと考えた。
しかし、検討を進めると、その可能性はEVの充電管理だけにとどまらない。GPSによる位置情報とOBD-IIによる車両情報を組み合わせれば、燃料残量、走行距離、車速、バッテリー状態、故障情報などを一つのデータ基盤として扱える可能性がある。さらに予約情報などと組み合わせれば、「今どうなっているか」だけでなく、「これからどうなるか」の予測にもつながる。
GPS端末の役割も、単に「車がどこにあるか」を知らせるだけではなくなっていくだろう。位置と車両状態を取得し、APIを通じてさまざまなサービスにつなぐ「車両データ基盤」へ。その進化の入口として、レンタカーは非常に興味深い市場ではないだろうか。
以上